漢たちよ、モテたければエレファントカシマシを聴け!

タイトルのような思いを持つに至ったきっかけは、

俺の人生において、

「何だかモテるぞ」

と思ったその時期、それぞれがエレファントカシマシ(以下、エレカシ)を聴き込んでいる時期と重なったからである。

そして、冷静にこれまでの人生の歩みを振り返ってみる。

すると、

・エレカシを聴き始めた高校二年生
・エレカシの東芝期をひたすらに聴いた大学2年生頃
・一番好きなバンドがエレファントカシマシと言えるまでになった20代後半

と、

エレカシに強く傾倒した時期に「モテ」が重なっている


と気が付いた。

ただ、それだけでは何故エレファントカシマシを聴いているとモテるのか
その証左にはならない。

ただただ俺がイケメンなのだろう、とか
金を持っているのだろう、とか
女に受ける趣味を持っているのだろう、とか

様々なご意見をお持ちになる方がいるに違いない。

イケメンかどうかは自分では判断しかねるが、
儲けているなどと思うことは人生で一度もなかったと断言できる。
そして、趣味はどれもインドアなものばかりだ。

さらに言えば、俺は口下手だ。

間違っても、誰かに教えられる口説きのテクニックなど持ち合わせていない。悪しからず、だ。

つまり俺がモテているのは、殆ど

「エレカシを聴いているから」

と言い切ってしまっていいのではないか、と思う。

そこで、なぜ

「エレカシを聴いているとモテるのか」

その要因を探っていこうと思う。

まずエレファントカシマシの音楽とはどんなものか。

音楽は、ストレートなロックである。

数々の曲内で「俺はロック歌手」と宮本が宣言しているのだから、それは間違いないのである。

ボーカル宮本が生み出した詩曲がそのままエレカシの音楽である。

確かに宮本の歌声は唯一無二の物だ。朗々と歌い上げる姿も格好いい。

が。

やはり特徴的なのは、歌詞だと思う。

これが、実に

むせ返るほどに「漢」の世界

なのである。

漢の強さ、弱さ、漢の人生、漢にとっての勝利、敗北、漢にとって女とは・・・等々。

しかしながら、マッチョイズムではない。

いうなれば、昔の文士の心持ちとでもいおうか。

「文士は食わねど高楊枝」とでも言いたくなるような。

そうした世界観なのだ。

「女の横っ面を金で引っ叩いて黙らせる」

なんて間違っても思わない。

漢として気高くあれ、と。

だからこそ、一度エレファントカシマシの詞世界に惚れてしまった者は、
漢としての強さ、弱さ、人生、勝利、敗北・・・そうしたものが人生の軸になってしまうのである。

かのスピッツ・草野マサムネ氏もエレカシの曲を正座して聴くという。

決して女にモテるために聴くのではない。

言うなれば、

「漢になるための教科書」


それがエレカシの音楽である。

それに惚れてしまった男は、「漢」を目指すしかなくなる。

つまり、男が惚れる「漢」、そうした嫌味のないカッコよさを目指すしかなくなる。

漢として真っ直ぐに生きる、自分の五体を使って、世の中に生きがいを見出していく。

昔のサムライのような生き様へ傾倒していく。

それが「エレカシを聴くとモテる」という最大の要因ではなかろうか。

タイトルとは真逆になるが、

決してモテるために聴いてはいけないのである。


何故か。

あなたもエレカシを聴き、「漢」を目指す。

その過程で初めて、「モテ」が顔を出し始めるからだ。

そこから先は、あなた次第である。

変わらずに、愚直に「漢」道を邁進するか。

はたまた、そこで女の愛に溺れ、「俺ってモテるー!」と調子に乗るか。

確かに、そこから得られるものもあるだろう。

が、結局は「漢」道に戻ってくることになる

とだけアドバイスをしたい。

しかしながら、エレカシに惚れ込んでも、絶対に真似をしてはいけないことがある。

宮本の癖である、髪をくしゃくしゃにする仕草

あれだけは女性の受けが非常に悪いです。

あれは宮本だからこそ、カッコよく映るのです。

勘違いをしてはいけません。

それでは。

全ての漢に幸多からんことを!

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