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正当な対価の交換と対等な立場の構築

みなさん、こんにちは。写真家の濱田英明です。夏が近づいてきましたね。いかがお過ごしでしょうか。死ぬまでにあと何回夏を過ごせるのかと思うと人生は短いなと思ったりしている今日この頃です。

先日とある撮影で人手が必要になったのでTwitterで「お手伝い」いただける方を探したときの話です。

こんな感じでツイートしたところ、なんと60名(!)を超える方からご連絡をいただきました。スタジオマン、アマチュアカメラマン、学生、主婦、デザイナー、WEBディレクター・・・ と写真のお仕事をしていない方も名乗りをあげてくれました。

おそらく数名だと思っていたので正直とても驚いたのですが、同時にこんなにも協力いただける方がいたのかと、とても心強く感じました。ご連絡いただいたみなさま、改めてありがとうございます。お返事できずに申し訳ないです。でも、また次の機会にお願いするかもしれません。そのときはまた相談させていただけると幸いです。

さて、こういうお仕事は通常「アシスタント」と呼ばれると思いますが、ぼくがなぜ「お手伝いいただける方」という回りくどい表現を使うのか、その考えについてお話ししたいと思います。

対等な立場になりたい

ぼくは普段から直属の「アシスタント」をつけていません。そういう時期もありましたが、いまはいないしおそらく今後もありません。ぼくは「アシスタント」と師弟関係を結びたいわけではないし、憧れのような感情だけでお仕事に来ていただきたくないと思っています。ぼくが探しているのは、お手伝いいただける対等な立場の方なのです。

このような存在を一言でなんといえばよいか考えているところなのですが、もしかしたらそれは「パートナー」なのかもしれません(いや違うかも?)。要するに協働いただける方なのです。仕事の内容としては実質「アシスタント」と同じ部分はありますが、そういう表現はできるだけ使わないようにしています。その語感が持っている上下関係の雰囲気にどうもしっくりこないのです。気持ちの問題ですが、ぼくのなかではとても大切なことなのです。

月に数回程度「アシスタント」希望のご連絡をいただきます。その気持ちはたいへんありがたいのですが、

刺激を受けたい
勉強させてほしい
ステップアップしたい

というような言葉が全面にでているものをよく見かけます。とくに学生さんからのお便りにこの表現が顕著な印象があります。もちろん熱心なお気持ちの表出であるとは理解していますが、その一方でぼくがお願いしているのは「実務的なサポート」です。当然ですが、そのお仕事の正当な対価としてギャランティをご用意しているのです。

正当な対価との交換

これが会社のような組織であればまた違うとは思うのですが、ぼくは来ていただく方の勉強のためやステップアップのためにお金をお支払いするわけではありません。お願いしているのは勉強したり刺激をうけてもらうことではないのです。ましてやその人がステップアップするために自分を踏み台として差し出せるほどの関係性もありません。そうしたいと思える人はいますが、それはぼくが決めることなのです。

もちろん結果としてそのような無形の何か(技術、知識、コネクション、インスピレーションなど)を得てもらうことはあるかもしれません。そういうことを押し付けることはありません。ただ、そうなってもらえるならぼくも幸せなことだなと思います。しかし、それを求めることが目的である(のが全面にでている)方にお仕事をお願いする可能性はとても低いのです。それは労働である以前に依存なのではないでしょうか。

ぼくがお仕事をお願いするときに知りたいのは、

何ができるのか
その根拠の提示

になります。根拠とは作品だったり経歴だったり、それを元に想像できる働きの対価と交換できることです。そう言われると実績や経験がないと務まらないと思われるかもしれませんが、そうとは言い切れません。

現場での立ち回り方や、気遣い、写真を撮るセンスなんかが活きるかもしれません。それは特別この業界にいなくても身につけることができるはずです。必ずしも高い技術を持っている必要はないのです。「できること」と「対価」を交換する関係になりたいのです。

ボランティアもインターンもありません

もっとも困惑してしまうのが「なんでもやります。お金はいらないので一生懸命やります。」と言われてしまうことです。確かにそのような表現は人間性を知るうえで必要ではあります。熱意は理解できますし、逆にある程度なければ本人がしんどくなると思います。しかし、それ「だけ」ではお仕事をお願いすることはできません。

ゆえに、ぼくがお願いするお手伝いにはボランティアやインターンはありません。「100%対価の発生するお仕事」になります。ぼくの現場においては、いわゆる世に言う「やりがい搾取」はもっとも排除されるべきものなのです。どちらかが一方的に求められることがない、依存し合わない、ゆえに対等な関係なのです。そこに上下の関係はありません。

個人的には、労働とは本来それだけで生活できる対価を得られるべきだと考えています。労働のために別の労働(や借金)をしなければいけない状況をなくすことができたらどんなにいいだろうなあと思います。少なくともぼくがお願いするお仕事に関してはそうしたいのです。

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長くなりましたが以上が、対等な立場でお手伝いいただくと表現する理由です。もしかしたら割り切った関係のようにも聞こえるかもしれませんが、まずは対等な状況をつくることが大切で、そのうえで人間的な交流ももちろんあるので誤解しないでいただけると幸いです。最後まで読んでいただきありがとうございました。

(↑いつもお世話になっているみなさん)

<備考>
ちなみにぼくのお手伝いの日当は、実働8時間の場合「3万円(税別+必要経費)」で統一しています。それより時間が短い場合や長期に渡る場合はその都度計算し直します。これはどんな方にお願いするときも同じです。おそらく業界の「アシスタント業務」の相場より高いはずです・・・

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Hideaki Hamada

Photographer based in Osaka, Japan

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