36. Girl Friends 1990

「・・・ねえ?」

ある休日、リビングでくつろぎつつ雑誌を読んでいると、テレビを観ていた陽子が振り返り、俺に声を掛ける。

「・・・ん?」

漫画から目を離し陽子の方を見やると、陽子がテレビを指さしニンマリしながら

「また今年も、成人式でおバカちゃん達が暴れたらしくて、ニュースになってるわよ。」

テレビを見ると派手な格好をした新成人達が大騒ぎして、式を滅茶苦茶にしてる様子が映し出されてる。

ここ最近、毎年この時期の風物詩のような光景だ。

決して

「私達が二十歳の頃ってこんなだったっけ?」

もうかれこれ2回目の成人式も過ぎた、昔の記憶を呼び起こす。

「いやあー、・・・多分、・・・こんなじゃなかった・・・よな?」

・・・記憶が曖昧である。

「そうよね?・・・あの頃は私達大学生だったよね。」

そうね、まあ成人式で暴れるような二十歳では無かったけど、多分この暴れてる子達と同様に、大人と子供の境目の不安定だった頃ではあったような?


「・・・ねえ?」

ある日、二十歳の大学生だった俺が喫茶店でボーッとしていると、正面に座っていた陽子が俺に声を掛ける。

「・・・ん?」

「・・・ん?じゃないわよ、聞いてなかったの?」

「・・・あ?ああ、悪い。・・・ちょっとボーッとしてた。」

高校3年生の頃から俺と陽子はただの幼馴染みから彼氏彼女の仲になっていて、卒業して二人はそれぞれ違う大学に進学していたが、交際を続けていた。

その頃の俺は、大学に行っても何を目標にしたら良いかわからなくなっている日々を何となく暮らしていた。

今も何となくが頭の中でモヤモヤしてボーッとしていたような状態だった。

「せっかく次の休みにどこ行くか考えようって逢ってるのに、ボーッと上の空ですか?」

陽子がふくれっ面でなじる。

「ああ、わりいわりい。」

「純君、最近何かおかしいわよ?・・・何をボーッと考えてたか言ってみたまえ。」

そんな陽子に正直に自分の真情を吐露してみる。

「・・・最近、自分が何をしたくて大学行ってるか、わかんなくなってきちゃってさ。」

「将来何になりたいかって?・・・もう小学生じゃないんだから。・・・目的意識がある人はその道に邁進してるだろうし、私達みたいなその他大勢は就職出来る企業を普通に探すしか道は無いんじゃないの?」

何か上から言われたように感じて、軽くイラッとしながら

「そうすっと俺みたいに目的意識が無いその他大勢は、ただのサラリーマンかー。」

陽子がたしなめるように

「世の中の殆どの人はそうじゃない?純君のお父さんだって立派なサラリーマンじゃない。」

何かイラッとした気持ちがどんどん増幅してくるのが自分でもわかる。

「そんな平凡な親父を見てるから嫌なんだよ!俺にだって何か違う可能性があるかも知らねえだろ?」

すると陽子もヒートアップしたかのように

「・・・可能性って何よ!?何もやろうともしてないくせに偉そうに!!」

痛いところを突かれた、そう何も努力してないのは自覚してるんだよ。

「わからないから焦ってんだろ!?そんな事もわからないのかよ!?」

売り言葉に買い言葉だった、言ってからしまったと思った。

「・・・そう、・・・私達しばらく逢わない方が良いかもね。・・・さよなら。」

陽子が哀しそうにうつむいてこう言い放って店を後にした。

残された俺もそれからすぐ店を出て、モヤモヤした気持ちのまま家路に着く。

こうして、俺と陽子はそれからちょっと距離を置くことになった。

今から思えばちょっと距離を置いたと言う表現だが、もしかしたらそれが永遠の別れになってたかも知れないターニングポイントではあったのかも。


・・・何も出来ないくせに・・・か。

自分の部屋でギターをボロンと鳴らしながら、陽子に叱責されたことをボーッと考えていた。

高校の頃、陽子達と組んでたバンドThe Nameless、それを解散してから何となくアコースティックギターを買って、祥二に教えてもらいながらコードを覚え、簡単なコード進行の曲なら弾けるようになっていた。

まあ、祥二の腕には、足下にも及ばないんだけど。

仮にあのままThe Namelessを続けていれば、「目標、メジャーデビュー!!」とか言ってたんだろうか?

・・・徹の気まぐれさえ無ければなあ。

いや、多分祥二は家業のパン屋を継ぐ道を選んでただろうし、何よりあのお堅い陽子が、そんな夢物語に付き合うわけもないか。

・・・陽子のこと思い出したら何かまたイラだってきた。

何の気なしに買ってきた音楽雑誌をパラパラめくってたら、”男性ヴォーカルオーディション”の文字が目に飛び込んだ。

・・・何々?優勝者は賞金100万円と、大物プロデューサーのプロデュースでプロデビュー?

・・・これだ!!!

元々歌唱力には多少自信があって、The Namelessでもヴォーカルだったんだ!

もしかしたら、もしかするかも知れないぞ。

・・・見てろよ、陽子。俺に何も出来ないと言った事を後悔させてやる!

明るい希望のような、妄想だけが目の前に広がった。

次の日、早速応募方法に記載されてる様に、カセットに歌声を録音するために、カラオケボックスにラジカセを持ち込んで、得意な曲を録音しては聞き、録音しては聞きを繰り返し、満足のいったテイクをその日のうちに郵送した。

それから約1ヶ月後、オーディションの一次審査は合格との知らせが舞い込んだ。

二次審査は都内の会場で直接行い、そこで優勝者を決定するらしい。

俺は舞い上がり、喜び勇んで指定された日時に、一張羅のスーツを着て指定された会場へ向かった。

会場には二次審査を受ける俺を含め20人と、審査員らしきおっさん達が長テーブルに5人座ってる。

・・・何だ、まだ20人もいるのか。

せめて10人くらいに絞っておいてくれればなー。

ってか、スーツなんか着てるの俺だけだし・・・。

そして二次審査が始まる、一人3分の持ち時間で一次審査と同じ歌を歌う。

俺は17番目だったので、多少緊張してたが心の準備が出来るとほくそ笑んでいた。

司会者の進行と共に一人目が緊張の面持ちで歌い出す。

・・・うわ!!すっげえ上手い!!

俺の中にいた多少の緊張が一気に膨らんだ。

一人、また一人とパフォーマンスを行う。みんな上手い。

・・・そのたびに緊張が膨らんでいく。

誰だ!後ろの順番の方が心の準備が出来るなんて言ってたのは!

緊張と不安が余計に膨らむだけじゃないか!

俺の順番が回ってきた。

もう頭の中が真っ白で、十分なパフォーマンスが出来たかどうかすらわからなかった。

・・・正直、何も出来なかった。

当然、こんな俺が選ばれるでも無く、俺は失意に打ちのめされ帰宅の途についた。

俺は陽子の言った通り何も出来ない人間なんだろうか?

とぼとぼ歩きながら、自問自答を繰り返していた。

「あら?純君じゃない?」

・・・と、そんな空虚の気持ちの中、偶然美空とばったり出会った。

美空は高校卒業後、調理師になるため専門学校に通っていた。

「・・・よう。」

「久しぶりね?・・・どうしたの?・・・なんかお葬式帰りみたいな顔よ?」

俺的にお葬式のようなもんだ。

「こんな所じゃなんだから、お茶でもしながら話そうか?」

とりあえず、頷き美空に誘われるがまま着いていく事しか出来なかった。

そして近くの喫茶店に入り、これまでの顛末を話した。

うなずきながら聞いてた美空が

「陽子らしいわね。あの子は堅実が服を着て歩いてるような子だから。」

「・・・ハハハ。」

「でも私は純君の考えって嫌いじゃ無いわよ?夢を持つのは素敵だし、人間の可能性なんて試してみないとわからないもんね。」

美空はそう言って優しく微笑んだ。

この時、俺の真っ暗な目の前に一条の光が差し込んだ気がした。

美空なら俺を理解して受け止めてくれそうだ。

そんな事があってから、俺達はちょくちょく逢うようになった。

当然、陽子との距離はどんどん離れていく事に。

それから数ヶ月経って、何の気なしに音楽雑誌を読んでると、またオーディションの広告があった。

・・・どうしよう?

挑戦してみたい気もあるが、前回の惨状の再来になる可能性も大だ。

そもそも、俺は本気でその道に進みたいんだろうか?

何となく、俺に何も出来ないと言い放った陽子に対して、意地を張ってるだけかも知れない。

もやもや迷いながら美空に相談すると

「受けてみなさいよ!今度こそきっと合格するわよ、頑張って!」

と、背中を押してくれた。

俺は次の日、応募用紙をポストへ投函していた。


そんな折、親父が倒れて入院してしまった。

と言っても命に別状は無く、一ヶ月ほどの入院で退院出来るとの事だった。

一週間ほど経った頃、俺はお袋に頼まれて、着替えを持って病院を訪れた。

面会時間で病室には親父の部下が何人か見舞いに来ているようだった。

「○○学園の○○さんから課長宛てに電話がありまして、課長が以前◯◯さんと取引された商品を取り寄せて欲しいと。私扱ったこと無い案件なのでどうしたら良いかわからないんです。」

「俺の机の上の黄色いファイル、あの中に○○さんと以前取引した資料があるから、参考にして進めてくれ。くれぐれも俺から迷惑掛けて申し訳ないと、よろしく伝えておいてくれよ。」

「わかりました!ありがとうございます。」

こんな時まで仕事の話かよ。

でもこれがサラリーマンのプロフェッショナルなんだな。

仕事場の親父の姿は一度も見たことが無いが、ちょっと垣間見えたような気がする。

「・・・よう、着替え持ってきてやったぜ。」

「あ、純君お邪魔してます!・・・じゃあ課長、私はこれで。」

「ああ、見舞いに来てくれてありがとうな。・・・じゃあその件はよろしく頼む。」

お辞儀をして部下の兄さん達は帰って行った。

「入院してる時まで仕事の話かよ?休んでる暇無いな?」

「ああ、会社に迷惑かけちゃってるからな。それに父さんから仕事を取ったら何も残らんからな。」

根っからの仕事馬鹿だ。

「そうだな。」

「バカ!そこは、そんな事無いよって言うところだろ。」

親父がにっこり笑ったんで、ちょっと安心した。

「・・・なあ。」

「ん?どうした?」

「親父って、子供の頃夢とかってあったの?」

今まで聞いたことの無い質問を親父にしてみた。

「そうだなー?金持ちにはなりたかったな。・・・なれなかったけどな。ブワハッハッハッ!」

僕ちゃんも、出来ればお金持ちのお坊ちゃまとして生まれたかったですよーだ。

「・・・そんなんじゃなくて、・・・例えばなりたかった職業とかさー。」

「ああ、そういう事か。・・・そうだな、学校の先生になりたかったな。」

・・・初耳だった。

そもそも親父とこんな話をするのも初めてだったしな。

「父さんの中学の時の担任の先生が、優しくて恐くて人間的に大きい人だったんだ。だからそんな先生に憧れてな。」

「へー、で?何で先生になるのやめたのさ?」

「ああ、大学に行ってた頃、ちょうど今のお前ぐらいの頃だな、進路の事で色々考えてな。・・・教科書に書いてあることを教えるだけの教師なら、そんな難しいことじゃない。だけど父さんがその先生から影響を受けたように、父さんが誰かの人生に影響を及ぼすとしたら。・・・そんな事考えたら、俺には荷が重すぎると思ってな。」

「プッ!真面目過ぎんだろ。」

「な!でもな、最近不祥事起こす馬鹿な教師とかより、よっぽど俺が教師になった方が世のためになっただろうなとか思うと、失敗したかなーとかって後悔もするな。」

「なるほどね。」

「でも、それはそれだ。今の父さんは自分で選んだ道を歩いてるんだ。母さんと出会って、お前ら兄弟の父になって、俺は満足してるよ。」

親父は照れくさそうに微笑む。

何だか俺も照れくさくなる。

「あと教師じゃ金持ちにはなれそうもないしな。今も金はねえけどな。ブワハッハッハッ!」

・・・点滴引っこ抜いてやろうか?

呆れながら腰を上げる。

「んじゃあ、用事も済んだし帰るよ。」

「おう、母さんによろしくな。・・・お、そう言えば昨日陽子ちゃんとお母さんが見舞いに来てくれたぞ。」

その名前を聞いてドキッとした。

「・・・陽子が?」

「ああ、お前ら喧嘩したんだって?何だか陽子ちゃん、病人の父さん以上に元気が無かったぞ。」

「・・・。」

返す言葉が無かった。

ってか、親父はずいぶん元気そうだけどな?

言葉に詰まった俺を見て、微笑みながら

「まあ、良い。若いうちはガンガン悩めよ青年。悩まねえと成長出来ねえからな。・・・俺が人生の教師としてお前に言ってやれるのはそれだけだ。」

そんな親父の言葉を背にし、複雑な気持ちで病院を後にした。

道すがらボンヤリとここ最近の俺を取り巻く出来事、今日親父から聞いた話。

何かとりとめの無いものが、頭の中でグルグル回る。

そんな中、ハッキリと一人の顔が浮かんだ。

・・・陽子だ。

陽子の笑った顔、陽子の怒った顔、陽子の泣いた顔。

そして陽子が俺に言った事。

陽子の物言いは、確かに上から目線できつい言葉だが、間違っちゃいなかった。

何だか結局、陽子の事で頭がいっぱいになっていた。


そして、オーディションの当日、また一人でオーディション会場に向かった。

でも、何となく俺には無理だと薄々わかっていた。

気持ちが迷っているから、本気で取り組んでる人間には敵わないと悟ったからだ。

ただ、後悔はしたくないから、一生懸命やった。

・・・結果は不合格だった。・・・やっぱりね。

ただ、全力は出し切ったから後悔は無い。

帰り際に審査員の一人と廊下ですれ違ったので、俺がどうして合格しなかったか聞いてみた。

「そうだねー?君歌は上手いんだけどね、個性がちょっと薄いかな?・・・あと他の子に比べて、意気込みがあまり感じられなかったね。本気でやってやろうって。」

「そうですか。・・・ありがとうございました!」

結果はダメだったのに、気持ちは晴れ晴れしていた。

俺達凡人は、普通に出来る事を一生懸命やれば良いんだと悟ったから。


次の日美空と逢った。

オーディションの結果を伝えるため、それと・・・。

待ち合わせの時間、待ち合わせの駅前に美空は先にやって来ていた。

「・・・よう。ごめん、待ったか?」

美空が笑顔で手を振る。

「ヤッホ!ううん、私も今着いたばっかりよ。・・・ところで純君、オーディションはどうだった?」

「ハハハ、早速か。・・・うん、駄目だったよ。」

結果は残念だったが、気分はすがすがしかった。

「・・・そう、残念だったわね。まあ、また頑張れば良いんじゃない?まだチャンスはあるわよ!」

美空は多分そう言ってくれると思ってた。

だけど、俺は・・・。

「うん、ありがとう。・・・でも、もう次は無いよ。」

美空が驚いたような、そしてほんのちょっと寂しそうな表情で

「えっ?」

「ここ何日間か考えてたんだ。俺は、・・・陽子に何も出来ないって言われてムキになってたんだって。・・・だから本気でオーディション受けに来てた奴らには絶対敵わないって。・・・覚悟とか全然違うから。」

「・・・。」

「だから、俺は、・・・その、現実的な目標を探してみようって思い直したんだ。」

それが俺の出した答えだった。

「・・・そう。」

「美空には色々感謝してる。俺のくだらない白昼夢に付き合ってくれて、後押ししてくれた。・・・でも俺、やっぱり。」

言葉を飲み込んだ、この先の言葉を言ったら、もう後戻りは出来ない。

すると、そんな俺の気持ちを察してか、美空があっけらかんと

「わかってるわよ、やっぱり陽子の事が好きなんでしょ?・・・私も陽子との友情壊すようなマネしてるのも気が引けてたしね。」

美空はちょっと笑ってそう言った。

・・・もしかして、見透かされていたのか?

そもそもそれを承知の上で、この数ヶ月俺の白昼夢の相手をしてくれていたんだろうか?

「美空、ホント色々とありがとうな。」

「あら、お礼なんて良いわよ。私も楽しかったし。」

「美空も調理師になる夢、頑張って叶えてな。」

「ありがとう。頑張るわ。・・・陽子によろしく言っといてね。・・・じゃあね。」

手を振ると美空はくるっと俺に背を向けて去って行った。

俺はその美空の背中を黙って見送った。

こうして、俺と美空は友人としてまた別々の道を歩き出したんだ。


その夜、陽子の家に電話をかけた。

陽子は怒っていた。・・・まあ、予想通りだ。

・・・そして、泣いていた。

俺は美空の存在だけは内緒にしてこれまでのいきさつを話し、心の底から謝った。

電話口から聞こえる陽子の怒った声、泣き声、そして笑い声。

たった数ヶ月聞いていなかっただけなのに、懐かしく感じそして何て言うか心が落ち着く。

また俺は陽子と一緒の道を歩く選択をしたんだ。

もしあの時、美空を選んでいたらどうなってたんだろう?

・・・人生にたらればは無いんだけど、そんな事をふと思ったりもたまにするけどね。

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