41. Spring Power Since 1945 Part2
その数年後、春男は高校に入学しました。
入学式の朝、春男が一人で校門をくぐり、校舎の方へ歩いていると「おい、春男!」後ろから呼ぶ野太い声。
春男が振り返ると一人の巨漢が立ちはだかっていました。
「お前、力太郎かよ?・・・お前もこの学校に入学してたのか?」
「ああ、久しぶりだな。」力太郎はにやりと笑って拳を構え「そう言えばよ、小学校の時の決着がまだついてねえな。どっちが強いか今のうち決めとくか?」
春男はちょっと笑いながら
「ああ、お前の方が強いって事で良いぜ。・・・俺はギタリスト目指してるからよ、手を怪我したくねえから、もう喧嘩なんてしねえ。」
「お前マジでそんな事考えてるのか?」
と、力太郎が驚いてたずねると
「ああ、だから俺には関わらんでくれ。」
春男がその場を去ろうとすると、今度は力太郎が笑いながら
「ブワーッハッハッハ!お前が大人しくなっちまったって噂はマジだったのかよ?まあ気が変わったら声かけろよ。いつでも相手してやんぜ。」
「バーカ、変わんねえよ。じゃあな。」
春男が力太郎に背を向けて歩き出すと、後ろから何人かのバタバタと言う足音と怒号、そして堅い物がぶつかり合う鈍い打撃音が響きました。
春男が振り返ると力太郎が木刀を持った上級生らしき数人に囲まれ、頭から血を流しているのが目に入りました。
「おい、須田よ。貴様、入学早々この学校を取り仕切るとか息巻いてるようじゃねえか。」
上級生の番格らしき男が、頭を割られ朦朧としている力太郎に言い放ちました。
力太郎が頭を振り、ボンヤリしている意識を取り戻すと
「・・・ああ?先輩方よ、後ろから俺の頭を小突きやがって粋がってんじゃねえよ?・・・チャンバラごっこじゃこの俺様は倒せねえぜ。」
すると力太郎を取り囲んだ一人の上級生が、立ち止まりこちらをふり返り見ていた春男に気づき
「オラ!?何見てんだよてめえ!!何か文句あんのか!?」
すると力太郎が
「余所見してんじゃねえよ!!」
と、隙を突きその上級生を殴り倒す。上級生軍団もわめき散らしながら応戦します。
力太郎は持ち前の怪力で善戦するも多勢に無勢、徐々に押され戦況は悪くなっていきました。
春男はその場を離れようとゆっくり歩を進めて行こうとしましたが、力太郎が気になり立ち止まりました。
そしてバッと振り返り
「うりゃあああ!!!この野郎!!!」
叫びながら乱闘の中に駆け込み、力太郎に木刀で殴りかかろうとする上級生に蹴りかかりました。
場にいた上級生も、それ以上に力太郎が驚いて
「何だよ春男!!喧嘩やめたんじゃねえのかよ!?」
と、叫ぶと春男が上級生を蹴り上げ、ニヤッとしながら
「義によって助太刀致す!!・・・手を使わなきゃ良いんだよ!!」
そのやりとりを聞いて上級生の一人が、
「・・・春男って"稲妻の春男"か!?・・・何で犬猿の仲のてめえらが組んでんだよ!?」
すると春男が
「うるせえ!!俺は弱い者いじめをする奴が嫌いなんだよ!!」
と、目の前の上級生を蹴り上げます。
すると、それを聞いた力太郎が
「あ゛あ゛?誰が弱い者だ?この野郎!!」
と、目の前の上級生二人の頭をつかみたたきつけます。
あっという間に形勢が逆転すると上級生達は
「・・・くそ!!こいつらが組んだら勝てねえ!!・・・引き上げるぞ!!」
と、蜘蛛の子を散らすように逃げ出しました。
それを、見送っていた春男が
「・・・じゃあな、俺も行くわ。」
と、立ち去ろうとした春男に
「おう、・・・ありがとな。俺一人でも十分だったけど、まあ助かったぜ。」
すると、春男がわざとらしく驚いた表情を作って
「ええっ!?俺が助けなきゃ負けそうだったじゃねえかよ。」
「バカヤロ、俺様のエンジンがまだ暖まってなかったんだよ。・・・てかよ、お前も上級生に手を出したんだ、お前が喧嘩したくなくても、これからはお前も狙われるぜ?・・・それ考えて助けに来たのかよ?」
それを聞いて春男がハッと困った表情になり固まる。
力太郎が呆れ顔で
「・・・チェ、やっぱり考えてなかったのかよ。・・・じゃあよ、これからは俺達で連もうぜ。俺達が二人でいりゃ、喧嘩売ってくる奴もそうそういねえだろ?」
こうして、いがみ合いながらも何か引かれる感情があった二人は友達となり、いつしか無二の親友となったのです。
春男はジャズ喫茶に出入りするようになり、色んなバンドと演奏しギターの腕を磨き、アマチュアながら近隣ではちょっと名の知れたプレーヤーになっていきました。
そして高校3年になったある日、春男は力太郎に問いかけました。
「お前さ、高校卒業したらどうするつもりだ?」
「ああ?俺は父ちゃんの下で大工修行に入るぜ。まあもう休みの日とかに現場に駆り出されたりしてるけどな。お前はどうすんだ?」
「うーん、・・・迷ってんだよな。ギタリストになろうか、パン屋を継ごうか。何となく今までは漠然と、夢だからギタリストになりたいって思ってたけど、いざ卒業が近づくと本当はどうしたら良いのかわかんなくて焦ってくるんだよな。」
「そのゲタリストってのになりてえんだろ?」
「・・・ギタリストな。まあ、ガキの頃からの夢だからな。」
「じゃあそのイタリストを目指せば良いじゃねえか!お前の夢を信じろよ!・・・いいか、俺は大工の息子だから大工になるんじゃねえぞ!父ちゃんより腕利きの大工になるのが、ガキの頃からの夢だったんだ。」
力太郎の力説は続く。
「多分お前は家業をどうするか気にしてんだろうけど、それを気にするのは親父さんだろ?お前はお前の夢を諦めんな。信じた夢を突き進めよ!」
春男の表情がみるみるパーッと明るくなりました。
「ああ、力太郎ありがとよ!何か吹っ切れたぜ!お前のおかげだ!」
「ブワッハッハッハ!良いって事よ。ところで俺様ちょっと腹減ってんだが、俺様に焼き芋をごちそうする気は無いかね?」
「ハッハッハッハッ!無え。・・・それと俺がなりてえのはギタリストな。」
しかしそれからまもなく、春男のお父さんが若くして亡くなってしまったのです。
葬儀が終わり何日か経ち、春男は学校に出てきましたが、教室の窓の外をボーッと眺めるようになっていました。
力太郎はそんな春男を心配して尋ねました。
「おい、春男。・・・大丈夫かよ?」
「ああ、大丈夫だ。・・・ちょっとショックだったけど、何とか落ち着いたよ。」
「親父さん、急だったもんな。」
「人間て結構あっさり死んじゃうもんなんだな。色々考えさせられたよ。」
春男が一呼吸置いて
「俺さ、色々考えたんだけど、高校卒業したら店継ごうと思ってさ。」
「あ?お袋さんに頼まれたのかよ?」
「いや、お袋は自分一人でも店は続けていくから、俺には好きな道に行けって言ってくれたんだけどな。ただ製造量は半分になるだろうし、お袋だっていつどうなるかわかんねえから、親父の残した店を俺が継ぐのが筋じゃねえかなって。・・・ギターは趣味でも続けられるしな。」
それを聞いた力太郎は無言で春男の胸ぐらを掴み、頬を拳で殴りつけました。
友人となって以来初めて自分を殴った力太郎の意図がわからず
「何しやがんだ、てめえ!?」
「俺はお前の夢を応援してたんだ!!俺に断りも無く勝手に夢を諦めんじゃねえぞコラ!!・・・俺に勝ったらパン屋になっても良いぞ。」
「俺は喧嘩はもうしねえって言っただろうが!?」
それを聞いた力太郎はにやりと笑いながら、
「あー?お前さっきプロのブタリストの夢を諦めたんじゃねえか?だったら俺のことを殴れんだろう?」
と、言いまた一発春男を殴りました。
「・・・てめえ!!ってか、ギタリストだっての!!」
春男は殴り返しました。そして何発も力太郎を殴りました。
しかし、力太郎は一発も殴り返してきません。
「おい、コラてめえ!!何で殴り返して来ねえんだよ!?」
また春男が殴ると、力太郎はガクッと膝をついて
「・・・参った。お前の勝ちだ。」
「何?・・・力太郎、てめえ。」
それは力太郎なりの激励のエールだったのです。
春男もそれに気づき殴る手を止め、膝をついた力太郎の方を抱きしめ
「馬鹿野郎!!!」
と、叫び男泣きしました。
そして高校を卒業して力太郎は大工、春男はパン屋とそれぞれの道へ進みました。
仕事に邁進しそれぞれ結婚をして、ある年の春先力太郎は男の子を授かりました。
それを聞いた春男は父になった力太郎を祝おうと、とある居酒屋に力太郎を呼び出していました。
「・・・よう!待たせたな。」
力太郎が居酒屋に着くと、春男は先に座っていて片手をあげ力太郎を迎えました。
「俺も今来たところだよ。・・・それよりおめでとう!男の子だって?」
「ああ、ありがとよ。・・・俺も取り上げてもらった産婆さんだったんだけどよ。これまで取り上げた赤ん坊で今まで俺が一番デカかったらしいんだけど、とうとう俺の記録を抜きやがったってよ。」
「ハハハ、一体何グラムだったんだよ?」
「俺が4900グラムだったんだけどよ、うちのガキは5200グラムだとよ。」
「はあ?なんだそりゃ?親子揃って育ちすぎだろ。・・・母ちゃんの腹の中で何か食ってたのかよ?」
春男が驚いて聞き返すと、力太郎が首をかしげ
「うーん、・・・覚えてねえな。」
「そりゃ、そうだろうよ。・・・で、名前は決めたのか?」
「まだだ。・・・でもよ、"信"って漢字は使いてえなって思ってんのよ。」
二人でビールの入ったグラスを合わせ、一気に飲み干す。
「・・・で?お前んところはどうなんだよ?」
力太郎がたずねると、春男はちょっと下を向き照れながら
「・・・ああ、実は出来たってさ。今4ヶ月目だよ。」
「おお!おめでとう!じゃあ、俺んとこのガキと同学年だな。」
力太郎が
「ああ、そうだな。学校は違うけどな。」
「そう言えば、最近近所に蓮野って俺らより1コ下の人なつっこい旦那が、綺麗な奥さんと坊主一人連れて引っ越して来たんだけどよ、そこももうすぐ二人目が生まれるって言ってたな。」
「へー、そしたらお前んとこと同級生だな。何だか密かなベビーブームだな。」
それから二人は数時間飲み、語り、笑い合いました。
すると、ふと、春男が噛みしめるように
「力太郎よ。俺はお前に感謝してるぜ。」
「ああ?何がよ?突然改まりやがって。」
力太郎がちょっと驚いた表情でたずねる。
「高校の時、俺の親父が死んで俺が夢を諦めて店を継ぐって言った時、背中を押してくれたじゃねえか。・・・俺はアレで吹っ切れたんだ。」
「別に背中なんて押してねえよ。顔は殴ってやったけどな。」
二人は笑い合いました。
春男がしみじみと
「俺んとこの坊主とお前んとこの坊主、大きくなって俺達みたいに生涯のダチになれれば良いな。」
「・・・ああ、そうだな。」
それから約40年が経ったある日、力太郎は春男が亡くなった事を息子の信吾の口から聞きました。
力太郎は何も言いませんでした。
しかし大粒の涙が皺っぽくなった頬を伝います。
ある男達の友情のストーリーが一つ、その死によって幕を閉じたのです。
それを機に力太郎は震災の被災地に行き、復興に生涯を捧げる事を決めました。
春男の死がそうさせたのかは、誰にもわかりません。
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