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チューニング

高校生の頃、初めて手にして以来、ギターという楽器は人生の一部になった。それこそ、27歳で富山に帰ってくるまで、家にいる時はずっとギターを弾いていた。ギターを弾きながら、ご飯を食べたり、テレビを見たりしていた。

その割に上手くないのは不思議だが、ギターの無い生活は考えられなかった。

27歳で富山に帰ってきてから・・・


全く弾かなくなった。弾けないわけでは無いけど、弾かなくなった。
弾きたかったけど弾かなかったのか?
それすら思い出せない。

ギターだけではない。あらゆる記憶が朧げな時代。楽しいことや嬉しいことがあったような気がするけど、あまり覚えていない。

ただひたすら働いていた。

仕事に明け暮れていたといえば綺麗だが、本質は生きることに必死な毎日。月末までにあといくらの現金を集めないと・・・って毎月思っていた。
お金が人生の中心だった。死なないように生きていた。

人生の中で突然現れた困難によって、それまでの人生が大きく変わった。

ただ、今思えば、それはその困難に立ち向かったのではなく、ただただ逃げていたのかもしれない。本当の問題に目を向けずに、借金という亡者から必死で逃げていたのに過ぎないと思う。

まぁ、今思えばだけど。

富山に帰って約10年はそんな時代だった。ギターが無い時代。
それから10年以上が経った今、なぜだか、四人の愚息は全員、楽器を弾くようになった。

彼らが幼い頃、ギターを弾くお父さん(私)を見たことはなかったと思う。だけど、楽器を弾く。

まず、3年ほど前に、小学生の四男がドラムを叩きたいと言いした。何がキッカケで何に憧れて叩きたいと言ったのか分からないが、ドラムを叩き出した。

その一年後くらいに、16歳の長男が、アルバイトをした最初のお給料でベースを買って帰ってきた。私に一切の相談もなく。相談したら、あれこれ細かくうるさそうだったかららしい。
まぁ確かに言いそうだ笑。

けど、私のギターの色と同じ色のベースを買ってきたのは何だか嬉しかった。(三本持っているギターは全て赤色)

そして、その数ヶ月後、長男のベースを借りて、中学生の次男もベースを弾き出した。長男もだが、何に影響されてベースを弾き出したのかが分からない。皆んな、突然楽器を始め出す。

ちなみに、私自身も2年くらい前からギターを弾き出した。コロナ禍というタイミングもあったんだと思う。音楽というものの力にもう一度取り憑かれるようになった。

田中英道先生が著書「日本国史」の中で「天平文化もそう、鎌倉文化もそう。文化は平穏な日々の中で華をひらくわけではなく、厳しい時代にこそ華をひらく」と仰られていた。厳しい時にこそ、心の拠り所、信仰が必要なのだということ。

記憶のない二十代後半こそ、音楽を愉しむべきだったなと、その本を読んで思った。

いずれにせよ、私自身がギターを弾きだした。あの’’ギターが生活の一部’’だった日々ほどではないが、ギターのある生活に戻ってきた。リビングのソファーの隣にギターがある。


心の赴くままにギターを弾く生活だ。

そんな姿を見ていたからかどうなのか、最後の愚息、三男も最近になってギターを弾くようになった。

気付けば初めて私と同じ楽器を弾く息子。

彼が練習している姿は、昔の私を見ているようで本当に楽しい。ギターを弾く方にはわかると思うが、Fコードの壁にぶつかっている。

「お父さん教えて」と言われば教えるけど、基本的には何も言わない。
ギターは打楽器と同じだと思っている。
思いのまま、思いのリズムで弾けば良いと思っている。

だから、ああしなさいとかこうしなさいとかは言わない。

けど、一個だけ「いちいち言う」ことがある。

「チューニング合わせなさい」


聞いていて違和感を感じるのはもちろんだけど、音階が狂ったギターで練習していても上手くならないから。

最近では彼も違和感を感じて、練習中、定期的にチューニングを合わせている。

正しいところに弦の張りを戻す。そして、もう一度奏でる。綺麗な音が鳴る。

人生みたいだなと思った。

毎日、一所懸命前に進んでいる。情熱を持って、日々の営みを挑戦している。けど、時々チューニングをしないといけないなと感じる。

小さな狂いをもとに戻す作業。

チューニングする作業を日常の中に定期的に入れ込まないといけないと思う。心を休めるとか、リラックスするとか、遊ぶとかともまた微妙に違う作業。

チューナーは自分の心。自分の理想。ありたい自分。「正しい場所」にちゃんと、丁寧に戻してあげる作業。

普通に生きていたら、この現代社会は、求められることが多過ぎて、それに応えることで精一杯になりがち。
しかも雑音も恐ろしく多い。

ギターを弾くことを忘れていたあの「思い出のない頃」にすぐに戻れてしまう。

年末年始。過ぎ去る一年を振り返り、新しい一年を思い描く。チューニングの時間だ。


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