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漂泊幾花 第3章 ~みやこわすれ~

Scene4 おたがいの宿題の答え

 再び戻った京都は、桜の時期もそろそろ終わりになっていた。盆地特有のうだるような暑さはそろそろはじまるのだろうという、そんな予感をにじませる陽気だった。

 京都駅のコンコースで、咲は僕の方をじっと見ながらこう提案した。

「・・耕作、ここで自由行動にしようよ。待ち合わせ場所は、・・・うふふ、自由が丘の駅前よ。」
「・・え?自由が丘って・・・。」
「そう・・、東京で待ち合わせよ、3日後の12時。あたしは西側改札口の前にいるわ。」
「・・・って・・・。」
「うふふ、じゃ、あたし忙しいの、行くところがたっくさんあるわ。あなたも、そうでしょ?。」

 咲はそう言うと僕に軽く口づけをし、改札口から手を振りながら京都の町並みの中に消えていった。僕は何となく狐にでもつままれた感じで咲の後ろ姿を見送った。咲は僕に3日間の時間を与えたのだ。咲は僕に何を示唆したのか、僕はよくわかっているつもりだった。

 僕は今出川通りにある、立志大学のキャンバスに向かった。村野純の通う大学だった。だが、僕の目的はそのほかにもあった。僕は、浪人していた間、この界隈にいたからだ。そして、そのころの生活があった。考えれば不思議な生活だった。男二人、女一人の同居生活というものだった。男二人は僕と村野純、残る女は内海あゆみという名の女性だった。

 「プチ生活共同体」僕たちは当時その生活をそう呼んでいた。純の提案によるその共同体は、私有財産の禁止、経済の平等分配が鉄則だった。つまり、小さなマルクス実験社会だったのだ。

 僕は当時浪人中で、経済的な理由から、純のその誘いに乗った。内海あゆみは純粋な女性だった。高校の時から社会運動にはまってたという彼女は、まさに理念の中にいた。彼女は、必死になって「毛沢東語録」やら、「資本論」を読みあさっていたのを覚えている。

 僕はもっぱらアルバイトばっかりだったから、あゆみは「労働者諸君」などと僕を呼んでいた。

*      *      *

 僕はその痕跡をたどりにいったのだ。僕が立志大進学を拒否して、東京の大学に合格したその日、「プチ共同体」は崩壊した。そして、内海あゆみは立志大を去った。その理由は当時僕には解らなかった。とにかく3人はちりぢりになったのだ。

 ただ、僕が咲と初めて結ばれた日のことだった、消息が知れなかった内海あゆみから一通の手紙が僕の下宿に届いた。

「京都に来ることがあれば、寄って欲しい。」

 との内容だったのだ。僕は、心のどこかでそれが引っかかっていたのだ。勘の鋭い咲には、もうとっくにお見通しだったのだろう。それは、長崎での彼女の「オプション」の提案がそれを物語っていた。 

 「謝ることなんかないのに」

 と、咲にいわれそうだったが、僕は心で咲にわびつつ、あゆみの連絡先に電話をすることにした。信号音が無機質に受話器の向こうから聞こえた。

(・・はい、内海でございます。)
「・・あのぉ・・柴田・・・といいますが、あゆみさんはおられますか?」
(・・・もしかして・・、労働者諸君?)
「・・・あ、あゆみか?」
(うん!そうよ、・・・やっぱりかけてくれはったんだ。)
「・・ああ、京都に来る用があったから。」
(えー?、京都におるん?。どこにおるの?。)
「・・・近いかも、三条河原町にいる。」
(なんやー、ちかくにおるんやないの。ねぇ?逢わない?すぐ行くさかい。)
「・・ああ、かまわない。」
(三条大橋のそばに、『ロイ』って茶店があるさかい、そこに入っててくれへんかなぁ。すぐ行くよって。)
「・・ああ、いいよ。」
(それじゃ、)
久しぶりに聞いたあゆみの声は、全くあの日のままだった。

 三条大橋の東山沿いの対岸に『ロイ』の瀟洒なこじんまりとした店舗があった。僕は、ドアを開け、カウベルの乾いた音と共に、対して広くもないその店の奥のボックスに座った。

 程なく、あゆみが店に現れた。
「・・・お久しぶりどすなぁ・・・」
「・・うん・・。」
「あまり、かわらへんね・・。労働者諸君のままや。」
「・・あゆみは、今どうしてるの?」
あゆみはそこで僕の方を意味深な笑みで見つめながら、言った。
「四条河原町にあるおねえはんの店、手伝うているよ。」
「・・・そうか・・。」
「・・うち、変わった?」
 確かに、当時に比べ、あゆみはひどく垢抜けた感じがしていた。また、同年代の女性に比べ、落ち着いた感じがしていた。
「・・・なんか、ものすごく落ち着いた感じがするよ。」

 あゆみはそこでくすくす笑った。
「そりゃ、そうや。・・・うち、母親やから・・・。」
「え?」

 僕は驚いてあゆみを見た。あゆみはまた意味深な笑みを浮かべ、僕を見た。

「三歳の男の子よ。腕白でもう、困ったモンやわぁ。」

「結婚したのか?」
「ううん、結婚したわけやないの。いわゆる、私生児ってやつかなぁ。」
「・・・・。」

「名前、『耕作』いうんよ。」
「えーー?」

僕はひどく驚いた。
「うち、決めてたんや。うちがあの子の父親や思う人と同じ名前、つけたろうって・。」
「・・・・・。」

 たしかに僕に身に覚えがないわけではなかった。また、純もそうだったろうと思った。しかし、彼女はためらわず僕と同じ名前を付けたという。僕にはその根拠が全く解らなかった。あゆみが冗談を言ってるような気もしていた。

「・・じゃ、『耕作』ちゃんは、俺の?・・・・。」
「女の子やったらどうしようか思った。『純子』なんてつけられへんもん。『耕子』じゃヘンやろ?」
「何で?そう決められるんだ?」
「だって・・・。」

あゆみはそこで泣きそうな顔で僕を見た。
「うち、あなたとしか、そうしてへんから・・・・。」

 あの当時、あゆみが僕を誘った表向きの理由はこうだった。人の力は共産主義の源であると。従って、子孫はたくさん作るべきであると。そして、その子ども達は『人民』として今後の理想社会の担い手となるのだと。あまりの極端な申出に、僕はあゆみに罵声を浴びせ、部屋から追い出したのだった。

「うち・・・、考えたんやわぁ・・。」

あゆみはそこでタバコに火をつけた。

「耕作・・、タバコすう女嫌いや言うとったね・・。」
「・・・うん・・。」
「あのあとね・・・、純に抱かれに行った・・・。」
「・・・・。」
「純の前で耕作への腹いせに、うち、オールヌードになったんや。」
あゆみはけらけら笑いながら言った。

「純も怒ったんや、だけどちゃんと体反応してた・・。でもかっこつけて『共同体はそんなモンじゃない。俺たちはプラトニックが是だろう』ってね。うち、結局最終的に追い返されたん・・。」
「ちょっと待て・・・。君は俺の部屋にあのあと来たとき・・・。」

あゆみはくすっと笑った。

「ボロボロで泣いてたうちを部屋に受け入れたやろ。」

「・・・まぁ・・。」

「そこがあんたのええところやったね。あたしは、結局その時解けたんよ。だから、あんたが東京に行くって言ったとき、自然に受け止められた。」


以下次号




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