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ミードからジェンドリンに至るまでの「対象」理論:その類似点と相違点

ジェンドリンの「身体と環境の相互作用」の系譜として、ジョン・デューイの「有機体と環境の相互作用」がしばしば議論されてきました (Schoeller & Dunaetz, 2018)。デューイと同様に、彼の同僚であったジョージ・ハーバート・ミードもまた、相互作用について論じています。相互作用に関する議論の中でも、ジェンドリンがミードを「対象」という観点からどのように継承し、発展させたかに私は関心があります。

1. 相互作用あるいは相互関係

G・H・ミードは有機体 (生命体) と環境との相互関係を論じています。

…有機体は、ある意味、その環境に対して責任を負っている。そして、有機体と環境は互いに規定し合っており、それらの存在のために相互に依存し合っているので、生命プロセスを適切に理解するためには、両者の相互関係の観点から考察されなければならない。(Mead, 1934, p. 130; cf. ミード, 2018, pp. 335-6; 2021, p. 139)

注目すべきは、相互関係というときにミードは、皮膚の下にも環境は存在すると主張していることです。

刺激の中には有機体自体の中にあるものもあるが、それにもかかわらず、こうした刺激は環境の一部である。したがって、呼吸は血液中の塩分や腺液の存在などによるものである。環境は、皮膚の外側にあるだけではなく、皮膚の下側にもあるのだ。 (Mead, 1982, p. 113; cf. ミード, 1990, p. 43)

こうしたミードの発想は、ジェンドリンの『プロセスモデル』にも確実に引き継がれています。

呼吸において、酸素は血流=環境に入り、細胞の中にまでさまざまに入っていく。身体は環境の中にあるが、環境は身体の中にもあり、身体である。環境#3が環境#2に参与するとも言えるし、身体-環境#2のプロセスが環境#3の中で進行するとも言える。(Gendlin, 2018, p. 7; cf. ジェンドリン, 2023, p. 7)


2. 牛がいるときだけ、草は食物となる

より具体的には、ミードは動物の食物—「対象」—をジェンドリンの議論と同じようなかたちで論じています。

牛のように草を消化できる動物がこの世界に現れたら、草は食物となる。その対象は以前には存在しなかった、つまり、食物としての草は存在しなかった。牛の出現によって、新しい対象がもたらされる。その意味では、有機体は、それまで存在しなかった一連の対象が出現するための責任を負っているのである。(Mead, 1934, p. 129; cf. ミード, 2018, p. 334; 2021, pp. 138-9)

上記の具体的な考察を参考にすると、以下のジェンドリンの言葉も理解しやすいと思います。

それぞれの種は、他の種が同じように知覚することのできない、その種自身の対象の網目の中に生きている。例えば、身体がインプライする複雑さは、環境の協力を得て食物という対象を作る。その対象は、環境の中で独立してそのようにただ存在しているのではない。(Gendlin et al., 1984, p. 260)


3. 推進

さて、問題は、ここから先です。

...食物は、まず対象があって、それから摂食によって反応されるのではない。食物が対象であるのは、それが消化プロセスを推進するからである。(Gendlin, 1984, p. 100)

上記の引用文と似たようなことを、ミードも次のように論じています。

牛には空腹があり、また、食物をもたらす視覚と臭覚もある。このプロセスは、単に胃の中にあるのではなく、草を食み、反芻するなどすべての活動の中にある。このプロセスは、そこに存在するいわゆる食物と密接に関係している。(Mead, 1934, pp. 130-1; cf. ミード, 2018, p. 336; 2021, p. 140)

しかしミードには、「対象が戻ってくると、停止していたプロセスが再開され、動き出す...そのとき、対象はもはやインプライされない」(Gendlin, 2018, p.17; cf. ジェンドリン, 2023, p. 27; 岡村, 2022)という発想はありません。ミードは、種一般と環境との相互作用の解明により関心があったのだと思われます。一方、ジェンドリンは、個々の生きている身体における「空腹、食物探索、摂食、飽食、排便、そしてしばらくして空腹」(Gendlin, 1984, p. 100) というダイナミックなサイクルにより関心があったのだと思われます。結局、「プロセスは推進することによって時間を作り出す」(Gendlin, 1984, p.100)という考え方は、ミードが生きていた時代には見られなかったのではないかと思います。

参考文献:

Gendlin, E.T. (1984). The client's client: the edge of awareness. In R.L. Levant & J.M. Shlien (Eds.), Client-centered therapy and the person-centered approach: new directions in theory, research, and practice, pp. 76-107. Praeger. ユージン・T・ジェンドリン [著] ; 久羽康・吉良安之 [訳] (2015). クライアントのクライアント:意識の辺縁.

Gendlin, E. T. (2018). A process model. Northwestern University Press. ユージン・T・ジェンドリン [著] ; 村里忠之・末武康弘・得丸智子 [訳] (2023). プロセスモデル : 暗在性の哲学 みすず書房.

Gendlin, E.T., Grindler, D. & McGuire, M. (1984). Imagery, body, and space in focusing. In A.A. Sheikh (Ed.), Imagination and healing, pp. 259-286. Baywood.

Mead, G. H. (1934). Mind, self, and society: from the standpoint of a social behaviorist. (edited by C.W. Morris). University of Chicago Press. ジョージ・ハーバート・ミード [著] ; 山本雄二 [訳] (2021). 精神・自我・社会 みすず書房.

Mead, G. H. (1982). 1927 class lectures in social psychology. In The individual and the social self: unpublished work of George Herbert Mead (edited by D. L. Miller) (pp. 106-75). University of Chicago Press. ジョージ・ハーバート・ミード [著] ; 小川英司・近藤敏夫 [訳] (1990). 個人と社会的自我 : 社会心理学講義 いなほ書房.

ジョージ・ハーバート・ミード [著] ; 植木豊 [訳] (2018). G・H・ミード著作集成:プラグマティズム・社会・歴史 作品社.

岡村心平 (2022). 予感する身体 : 治療文化論的考察 関西大学東西学術研究所紀要, 55, 147-85.

Schoeller, D. & Dunaetz, N. (2018). Thinking emergence as interaffecting: approaching and contextualizing Eugene Gendlin’s Process Model. Continental Philosophy Review, 51, 123–140.

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