見出し画像

マルと咲希 ~野良猫に出会って人生変わった話~ 第3話(小説)

-4-

「やっぱりダメだった……」

応募した3社から、残念ながら……というメールが、早々に送られてきた。

本当にちゃんと見たのだろうか? という思いもあったが、目を引くようなことは書いていないことも事実であり、頭の中に浮かんだ反論は、履歴書を見て首を横に振っているメガネをかけた担当者の姿とともに打ち消された。

スーパーに向かって歩いていても、無意識に顔が下向きになる。
今回は、ちゃんとやらなかったから……真面目に書けば、次回の書類選考は通るはず……そう、真面目にやれば……ちゃんと考えれば……

でも、きっと私は、がんばってもうまくいかないんだ……だから、あんなブラック企業を選んでしまうし、学生のころだって……

そうだ、子供の頃に刷り込まれた劣等感は、ずっとついて回り、自分ではどうすることもできない。けど、親たちは自分たちがそれを作ったことを、まったく分かっていない……

『ニャア』

前を向けずに歩いていると、猫の鳴き声がした。

見ると、塀の上に立っているマルが、カラスがいるほうに向かって歩いていた。自分に向かって鳴いたわけじゃないと気づき、少なからずショックを受けたことに、心の重りが足され、思わず膝が少し落ちた。

マルに悪気はないが、咲希の今のメンタルは、強引と思えるほどにマイナスに引かれる。

「綺麗……」

だが、マルを見ていたら、そんな気持ちを忘れてしまった。カラスに襲いかかるわけではなく、話でもするつもりなのか、マルはゆっくりと、堂々と歩いて近づいていく。その歩き方は自信に溢れており、俯くような弱さはまるで感じられない。

思えば、マルが普通に歩いているのを見るのは、初めてかもしれない。野良で、たった一匹で生活し、辛いことも嫌なことも危険なこともあるはずなのに、凛とした態度で歩くマルの姿に、咲希は自身の不甲斐なさを比べて、涙が出そうになった。

情けない……

やれば何かしら結果が出るのは分かっているのに、やろうともせずに、時間とお金を無駄に消費している。毎日を堂々と、凛として生きているマルに比べて、自分は……

「けど、ネコには人間みたいな悩みはないよね、きっと……」

いつもならマルに話しかけるところだが、今日はそんな気になれず、咲希はそのまま、マルの横を通り過ぎて、スーパーに向かった。

家に戻っても、食事をしても、風呂に入っても、気持ちは晴れず、体調を崩したときのように、動く気がしない。

諦めに蝕まれていくのが分かっているのに、気力は抗おうとせず、武器を捨てて、白旗をあげようとしていた。どうせうまくいかないなら、やってもしかたない。このまま目を閉じて、二度と目覚めなければ、それはそれで、楽でいいかも……

その夜、咲希は結局何もせずにベッドに入った。

不快感からか、体がムズムズするが、その不快感が、自分に対するものなのか、自分をこんなにした過去へのものなのか、悲観的な未来に対してなのかも分からないまま、咲希は、目覚めを望まない眠りに落ちた。



-5-

マルは、人間の手が届かない木の枝に移動すると、目を半分開けて、下を見た。

いろいろな人間が通り過ぎていく。
騒いでいるのもいれば、周りに誰もいないのを確認して、ゴミや、火の点いた煙の出る棒を捨てていく人間もいる。前に、他の野良が火傷を負わされた、あれと同じものだ。

『自分たちと同じ人間に見られなければ、ゴミを捨てるのも気にしないんだな、人間は。俺たちは見てるのに』

そういえば……と、マルは思った。
あのサキって女、今日は話しかけてこなかった。

カラスたちと話していたから、ずっと見てたわけじゃないが、いつもなら必ず、挨拶だけでもしてくるのに、今日は下を向いたまま、歩いていってしまった。

『……俺、なんで気にしてんだ?』

マルは、なぜサキのことが気になるのか、自分でも分からなかった。いつも一方的に話しかけてくるだけで、特に何かしてくるわけでもない。言ってみれば、良くも悪くもない。害はないが、親しみが湧くような理由もない。

それなのに、なぜか気になる。

『……まあ、明日はまた話しかけてくるだろう。俺が気にするようなことじゃない』

そのまま眠ろうかと思ったが、モヤモヤして眠れずにいると、空腹が襲ってきた。

『……今日は何も食べてなかったな、餌でも探しに行くか』

木を降りて、餌を探して歩き始めてからも、マルの頭の片隅には、サキのことがあった。そのせいか、いつもなら気づくはずの、迫ってくる脅威に、気づけなかった。

第4話に続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?