「短編小説」毒先祖
充が目を覚ますと、そこには武者が……
文字数(本文):約5520字 推定読書時間:10分
久しぶりの短編です。
ぐうたらママさんからのコメントをヒントにさせていただきました。
1
まいったな……。
浅井充は頭を抱えた。
「それ」には目を覚ましてからすぐに気づいた。見えないふりをしていたのだが、いつまでもこのままというわけにもいかない。
一人暮らしのワンルームマンションだ。浅井は壁際のベッドの上で寝たふりをしながら、もう一度チラリと「それ」を見た。気づかれないように、横目でさりげなく……。
相変わらずリビングの片隅、ベッドの反対側、テレビの横にちょこんと座っている。
ちょんまげ、和装で、鎖帷子というのか、防具を着けていた。戦国時代の武士のような感じだ。いや、実際そうなのかもしれない。
その姿は朧気で、向こう側が透けて見える。実体がないということはすぐにわかった。かといって、ホログラムのように何かが映し出されているわけではない。
つまり、幽霊……。
充はけっこう霊感が強い方だった。子供の頃からたまに霊を見ることがある。
小学生時代は、そんな話をして友達からおもしろがられた。学年があがるうちに「嘘つき」と言われ、いじめを受けたこともある。
なので、中学の途中くらいから霊感の強さについてはあまり口にしないでいた。
見えたときもなるべく気にせずに過ごしている。何かをされたということはないので、見えないことにしておけば特に生活に支障はなかった。
だが、こんなに近くに現れたのは初めてだ。
とりあえず、塩でも試してみるか。味塩しかないけど大丈夫かなぁ……?
ふわぁ……と今起きたふりをし「それ」を見ずに立ち上がった。そして、さりげなくキッチンへ行く。味塩の瓶を手にした。そのままだと見つかってしまうので、左掌に大さじ一杯くらいとって何気ない感じでリビングに戻る。そして、窓の外を覗きながら、その幽霊に味塩をサッとかけた。
ぎゃぁぁぁっ!
とんでもない叫び声が響いてきた。
うわぁっ! と振り返ると、幽霊は立ち上がり、刀を抜いて充に迫ってくる。
「貴様、先祖にむかとは、どがんするでござる!」
叫んだ後は怒鳴っている。刀を振りかぶり、今にも斬りかかってきそうだ。
「わっ! 待って! 助けてっ!」
慌てて逃げまわる充。
幽霊はふと立ち止まり、自分の姿を見た。そして「何だ……」とぽつり。
「まがい物ではないか。ああ、たまげた」
やっぱり味塩ではダメだったらしい。しかし、この幽霊、妙なことを言った。
「先祖? 先祖って、僕の?」
「他に何奴がおる?」
ご先祖様だったのか……。
「どうして、先祖の方が今ここに?」
「貴様を鍛えるためだ」
「へ?」
思わず妙な声をもらす充。
「堕落した渡世をいたし候と聞きおりき」
「誰にですか?」
「氏神じゃ。稲森神社の主に聞いて、鍛え直さねばいかんと思いきた。しかといたさぬとあの世に引きずり込むぞ」
ギロリとご先祖様が睨んでくる。
そんな、理不尽な、と充は感じた。
「僕のどこが堕落していると言うんですか?」
「なんじゃこの部屋は? 汚れ放題ではないか」
「い、いやぁ、まあそれは……」
確かに物が入り乱れている。読みかけの雑誌がそのへんに置かれ、上着は脱ぎっぱなしで放ってあった。今日が休みなので昨日の夜ビールを飲んだのだが、その空き缶やスナックの袋もテーブルに置きっぱなしで、食べかすがフロアに落ちてもいる。
「さっさとかたづけて掃除をしやれ!」
ご先祖様が刀に手をかけながら怒鳴る。充は慌てて掃除を始めた。片付けるだけではなく、フロアの水拭きまでさせられてしまう。しかも、腰をちゃんと入れて拭けと姿勢までうるさい。たったそれだけでへとへとになってしまった。
更にご先祖様は、風呂場やキッチン、玄関まで念入りに掃除するように命令した。
たぶん戦国時代の人だろうが、マンションの造りなどもよく知っていた。幽霊とはそういうものなのだろうか?
「なにをさぼとるか。しかと手をうごかしやれ!」
「もう充分きれいになったじゃないですか」
「黙れ。すみのほうに埃があるではござらぬか。それに、そのくらいにて疲らるるとは、御身がなまとはる証拠じゃ。終わったら鍛錬するでござるからな」
「そんなぁ……」
情けない顔で情けない声を出す充。
「全部貴様のためじゃ」
そう言いながらも、ご先祖様はベッドに横になりテレビを観ていた。バラエティ番組で、たまに笑い声をあげている。
こいつ、貴様のためとか言いながら、なんか楽しんでる? もしかして、毒親ならぬ毒先祖じゃないか?
ぶつぶつ言いながら、キッチンの隅へと行って掃除をしているふりをした。
このままじゃまずい。鍛錬とか言って、何をさせられるかわからない。何とかあのご先祖幽霊を追い出すか成仏させるかしないと……。
2
いろいろと考えを巡らせる充。
確か、塩だけじゃなくてお酒もお清めの効果があるはずだよな? うーん、でも、うちにあるのは缶ビールだけだ。あれで大丈夫だろうか?
そんなとき、リビングのテーブルに置いてあるスマホが鳴った。
「ええい、やかましい。真っ二つにしてくれる」
ご先祖様が刀を抜いて立ち上がった。
「わっ! わっ! ちょっと待って」
慌てて駆け寄る充。スマホを手に取りご先祖様を見た。
「早う静かにさせい」
「わかったから落ち着いて……」
なだめるように言ってスマホのモニターを見る。相手は恋人である山口祐里香だ。ここで話すのは気がひけたので、キッチンへと向かった。
途中振り向くと、ご先祖様はまたテレビを見始める。いつの間にかドラマになっていて、ラブシーンのようだ。
なんだよ。いい場面でスマホが鳴ったからキレたな?
だんだん毒先祖ぶりに拍車がかかっている。
とりあえず電話に出ると「充くん、今から行っていい?」と切羽詰まった声が聞こえてきた。
「ど、どうしたの、祐里香ちゃん?」
「ちょっと大変なことになっちゃって、逃げ出してきたの」
「どこから?」
「家から」
「はぁ?」
祐里香は充同様一人暮らしのはずだが……?
「詳しいことは会ってから話す。もう近くの駅まで来てるから、すぐ行くね」
「待って。うちに来るのはマズイよ」
何しろ毒先祖がいる。恋人を招き入れたとなると、何をされるかわからない。
「え? なんでマズイの? まさか……」
妙な勘ぐりをしているらしい。充は小さい声ながらも強く否定する。
「違う違うっ! こっちもちょっと大変なんだ。駅前の公園で会おう。すぐ行くから」
そう言って電話を切る。そして……。
もうこうなったら効き目を考えている暇はない。充は冷蔵庫から缶ビールを1本取り出し、それを思い切り何度も振る。そしてリビングへ向かった。
「あの、ご先祖様」
「なんだ?」
「これでも飲んでおくつろぎください」
テーブルに缶ビールを置き、ご先祖様に向けてプルトップを開ける。
一気にプシューッとビールが吹き出した。
「ぎゃわぁぁっ!」
毒先祖が叫びながら身を仰け反らせる。
その瞬間に充は走り出した。玄関ドアを開けたところで、激しい怒鳴り声が聞こえてきた。
「おのれ、またまがい物じゃないか。待てぃ! もうゆるさんぞ」
やっぱりビールではダメらしい。アルコール濃度が足りないのか?
とにかく走って逃げる充。幽霊がどういう移動手段をとるのかわからないが、とりあえず自分の姿を見せないくらい離れれば、と考える。
行き交う人々が怪訝な顔をするが、かまっていられなかった。
公園の近くまで来た。振り向いて見ると、毒先祖の姿はない。もっとも、瞬間移動でもできるなら意味はないが……。
3
「充くんっ!」
声が聞こえる。祐里香が公園の入り口辺りで手を振っていた。
充が駆け込んでいくと、彼女は泣きそうな表情で抱きついてきた。
「祐里香ちゃん、何かあったの?」
「うん、それがね、それがね……」
必死に何かを言おうとする祐里香。だが顔を上げた途端、充の肩越しに何かを見ながら息を呑んだ。
「あっ! ああぁぁ! 出たぁ!」
出た? しまった、あいつ、やっぱりついて来たのか!
振り向く充。しかし、そこにいたのは……。
「あれ?」
充は目を見張った。和装の女性が宙に浮いている。それも、身体が透けていて向こう側が見える。つまり、幽霊……。
「み、充君にも見えるの?」
「あれはいったい……」
「私のね、先祖なんだって」
なんと、祐里香の方にも先祖が現れていたのか……。
その女性の幽霊は、きつい視線を充に向けた。
「なんじゃ、その男は。己の渡世も乱れておるといふに、なにをいたし候?」
「ああやって私にあれこれ命令するのよ、掃除しろとか、身なりをもっとよくしろとか……」
嘆くように言う祐里香。
うーむ、そっちも毒先祖だったのか……充は溜息をついた。
「これ、見つけたぞっ!」
こちらの先祖の声も聞こえる。
「あ、まずい、こっちも来ちゃった」
「えっ?」
祐里香が目を見張った。
「もうゆるさんからなっ!」
怒鳴り声が響く。だが不思議なことに、その声が聞こえているのは充と祐里香だけらしい。行き交う人々は気にもしていない。
いや、もう1人――と言っていいのか?――祐里香の先祖の幽霊も、充の方の毒先祖に気づいて目をやった。そして、なぜかわなわなと震えはじめる。
「こ、此方の人……」
そう声をかけられ、充の毒先祖も反応した。
「おお、我が妻よ、ここにいたか。会いたかったぞ」
2人の先祖は、充と祐里香などもはや目にも入らぬかのような感じで、ヒシと抱き合った。どちらも泣き崩れている。
なんだこれ?
充は唖然としながら祐里香を見た、彼女も首を傾げている。
のどかな公園で、幽霊夫婦は抱き合いながらしばし泣き続けた。
4
どのくらい時間が経っただろう?
日差しが降り注ぐ公園のベンチに、充と祐里香は座っていた。
そして、それぞれの先祖が目の前に立っている。その姿は、おそらく2人以外には見えていないのだろう。これだけ奇異な格好をしているのに、公園で遊ぶ人々は何も言わないし、視線も向けてこなかった。
「で、つまり、ご先祖様は奥さんを探しにこの時代に来た、っていうことですね?」
充が訊いた。
「うむ、そうじゃ。氏神に訊いたらこの時代を彷徨っていると。探すついでに堕落した子孫を鍛えてこいと申された」
「別に堕落しているわけじゃあ……」
まいったな、と充は頭をかく。
「この身も同じです。戦で死んだ主人と会いおりきくて自害候成りが、いずこにいるかわからずに氏神に尋ねたら、この時代へいけ、と」
迷惑な氏神だなぁ……と胸の中でこぼす充。祐里香も同じらしく、目配せして肩を竦めた。
「とにかく、もう目的は果たせたんだから、あの世? 元の時代? 空の上? どこかわかりませんが、戻っていただけるんですよね?」
充が訊く。その隣で祐里香が何度も頷く。
「そこで、お2人幸せに暮らしてください」
祐里香にそう言われ、ご先祖2人は見つめ合い、頷き合った。
「そうでござるな。貴様のこと、ふがいなさそうにて鍛え直したいでござる所業は多いが、かも時代が違うからであろう」
なんかひっかかるなぁ……。
苦笑する充の肩に、祐里香の手が乗せられた。
「この人、頼りなさそうに見えるけど、やる時はやりますよ。何より優しいし。だから、安心してお戻りください」
う、うわぁ……。充の顔が真っ赤になった。
そんな姿を見て、ご先祖2人が笑う。
「時代は離れ、違和感はあるが、幸せそうでござるは良かった。拙者達の時代はいつ何奴が命を落としてもおかしうなかった。じゃからかのような事にもなった。何卒、今のその平和を大切にしてくれ。しかして、とこしえにねんごろにな」
徐々に先祖2人の体が空にのぼっていく。そして姿がゆっくりと消えていった。まったく見えなくなる直前に、2人して手を上げる。それに応えるように、充も祐里香も手を振った。
「なんか、最後にいいこと言って帰って行ったね」
「うん。よかった……」
肩を寄せ合いながら、充と祐里香はしばらく空を見つめていた。
充のマンションに、祐里香もやって来た。本当は今日は用事があって会えないはずだったのだが、ご先祖様のおかげでそれどころではなくなったらしい。
そのために2人だけの時間がとれたのは、むしろ喜ばしいかもしれない。
充のベッドに2人腰掛けた。
「今日はどうしようか?」
充が祐里香を見る。
「なんか、ぽっかりと空いた一日だから、2人でのんびりすごそう」
そう言って祐里香が笑う。その笑顔が可愛すぎて、充の胸は弾んだ。
「そうだね。じゃあ……」
祐里香の肩に手をかけ、顔をのぞき込むようにする充。
「あっ……」といった彼女が、しかしすぐに目を閉じた。
充はゆっくりと顔を近づけていき、彼女の唇に自分のそれを重ね合わせ……。
「おおっ! いた、いた!」
突然声が室内に響いた。
うわぁっ!
きゃっ!
2人が慌てて体を離す。
見ると、ご先祖様が2人してまた現れた。
「な、何ですか?」
充が怒鳴るように訊く。
「先刻おぬしがかけてきた、面妖な酒があるでござろう? しゅわしゅわするヤツ。あれが気になり申してな。氏神様に申したらぜひ飲みてさながらといふ。幾つかわけてくれ。それから、この時代には美味な食べ物も多いといふでないか。たまにもらいに来るにて、宜しくな」
「はあぁぁぁ……」
溜息をつきながら充は、今度はちゃんとした清めの塩や酒を用意しよう、と心に決めた。
Fin
冒頭でも書いたように、この作品は、noteで活躍されている「ぐうたらママ」さんからのコメントをヒントにさせていただきました。
感謝、です(o_ _)o
心温まるエッセイや、お茶や関連する素敵なグッズ等の紹介を主にされています。妄想お茶会も楽しいですねo(^o^)o
皆様も、一息つきに訪れてみてはいかがでしょうか?
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