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【朗読】立原道造「鉛筆のマドリガル」

Hideo Saito
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*朗読のテキストは岩波文庫版『立原道造詩集』に準拠しています。

鉛筆のマドリガル

夕方くらくて町で人かげを見た 僕はまちがへた
長いこと お前がここで待つてゐたと ほんとだらうか。

僕の口ぐせによると
僕はいつでも困つてゐた
そんな筈はないんだが
(からつぽの帽子を机にのせて
僕はしばらくぼんやりしてゐる)
窓はすばらしい天気だつたが
もし僕がそこへ出て行くなら
あの青空はきれいすぎるだらう
(出かける仕度をしたつきり
机の上に頬杖をついてゐる)
どうしていつもかうなんだらう

幾日も会はないままに 或る日は思ひ 思はぬままに
僕は裏切つた 僕を お前を それから僕を
どうしたらよいか知らないくせに ぢつとしてゐた
ずるかつた――お前は待つてゐた きつと

昨夜は おそく
歩いて 町を帰つたが
ひとつの窓はとぢられて
誰も顔を出してゐなかつた
僕に歌をうたはせないために
だけれど僕はすこしうたつてみた
それはたいへんまづかつた
僕はあわてて帰つて行つた
昨夜はおそく 歩いたが
あれはたしかにわるかつた
あかりは僕からとほかつた
僕の背中はくらかつた

ねむがりの僕が或る晩おそく散歩に出かけたら
それつきりなのさ 僕は橋の上でぼんやり水を見てゐた
それから水の上に長いかげを揺らしてあかりがゐた――それつきりなのさ

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