見出し画像

なんとなく日記 YesでもNoでもなく(人間の心は言葉と繋がっている)

写真の"ちまき"は2月14日に1歳になりました。体重も4キロになりました。娘自慢のようなもので本文とは関係ありません。そうですね、見せたかったのですね。定期入れの娘の写真をやたら見せたがる会社の上司のようなものです。

小泉法相が記者会見で刑務所などの刑事施設で職員が使っていた俗語や隠語の廃止を指示したとのことです。散髪を「ガリ」身柄を「ガラ」などのように呼ぶことのようです。「シャバ」とか「ギンシャリ」なんかもそうかもしれませんね。

で、小泉法相がこう言っていたことが印象的でした。「人間の心は言葉とつながっている。言葉が歪むと虐待的な行動が誘発されかねない」
言葉が歪むと心が歪むのだよということですね。

人間の心は言葉とつながっている、つまり、人間の言葉は心とつながっているということですね。心が汚いから言葉が汚くなるのか、言葉が汚いから心が汚くなるのか、これはどちらが先かよくわかりません。けれど心を綺麗にすることはちょっとむつかしそうですけど、言葉を綺麗にするのは今日からできそうです。乱暴な言葉を極力避けるということです。

僕は、結構、汚い言葉を使います。組織のルールを守れない人や乱暴なメールしか書けないような人をさして「彼はバカなんだろうな」「脳みそが薄いんじゃないか」「育ちが悪いんだよ」「IQ10だな」とかつい言ってしまう。こうやって書くとどんだけ上から目線で、お前、そんなこと言えるのかい?と恥ずかしくなります。でも、結構言ってるなあ、しかも、ちょっと気持ちよく言ってる。いい気になってる。正解を出したぜ、みたいな。

でもね、小泉法相の言葉を聞いて、ああ、汚い言葉使うとこっちの心が荒むのだな〜とミョウに腑に落ちたのでした。これ、いいことひとつもないなあ。いまさら天使のように綺麗な心になるとは思えないが、心が荒むのはよくないなあ。腹が立ちそうな時に「ざけんなよボケっ」と応戦してもしょうがないなと。

広告業界で「ターゲット」とか「リードをつける」とか「囲い込む」とかいうことがあります。人を「動物の固まり」のように呼びます。これ、便利だしわかりやすいし、なにしろ仲間内では理解が早いので使いたがります。だけどやっぱり、こういう言葉を使うと若いうちは気持ちいい(業界人ぽい)のですが知らず知らずのうちに心が荒むのでしょう。気持ちよくないものね。

けっこう、僕は使う方なんです。ブルーオーシャンとかサイレントマジョリティとか使ってるな、今でも。やっぱりこれ、人々を固まりで見てますよね。おーこわ。(いまだに使ってるの?うん、ついね)

言葉と心は直結しています。

そんなわけで、小泉法相の「人の心は言葉とつながっている」という言葉をこれからの人生(長くないけど)に生かしていこうと思ったのでした。
言葉に出すのも禁止だけど、心で呟くのも禁止ね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?