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100年続くレストランを目指して vol.8

東京・港区白金のフレンチレストラン「ラ クレリエール」のオーナーシェフ柴田秀之が日々考えていることを綴っているnoteです。2020年10月「ミシュラン三つ星レストランへの挑戦」からスタートし、「クレリエールの料理」を経て、連載第3弾は「クレリエールを今から100年続くレストランにする」をテーマに食材や生産者さんとクレリエールのお話をしていきたいと思います。
★過去の連載は文末にリンクがございます。ご一読いただけたら嬉しいです。

Vol.8 藤本純一さんの鯛(後編)

今治の漁師・藤本純一さんを訪ねたのは、2022年3月終わりでした。香川から愛媛に入り、藤本さんの作業場に直行。お魚を締めて出荷する作業を見学させていただきました。「魚って獲ってすぐに締めるんじゃないの?」と思った方もいらっしゃるかもしれませんね。
藤本さんは、基本的に獲ったその場では締めません。船上で締めるのは、生かしておくと弱ってしまうお魚のみ。殆どは、活け越しをしてから翌朝に締めて血抜きをし、出荷しています。ちなみに「活け越し」というのは、獲った後、生け簀で一日泳がせて魚体を落ち着かせると共にそれまで食べたものを排泄させて体内をきれいな状態にすること。締めた時に体内にフンや消化途中の物が残っていると、それらが腐敗して全身に回り、お魚が臭くなってしまうのだそうです。

その後「神経締め」で締めます。鮮度と美味しさが長持ちすると注目されている締め方ですが、藤本さんは「締め方」だけでなく「獲ってから締めるまでの扱い」と「それぞれの魚に合わせた適切な手当」も重要だと考えています。
前者は活け越しに加え、真水など魚の生きてきた環境にないものを使わないことで魚のストレスを最小限化するなどあらゆる工夫をしています。後者はと言うと、ここがまた藤本さんの凄いところなのですが、締める時点で既に「その魚をどの店に出すか」を決めていて、「その店に最適な処理」をして出荷しているというのです。
藤本さんがお魚を出している先は高級店ばかりではありません。料理ジャンルも、和食からフレンチ、イタリアンと様々。お店の価格帯が違えば仕入れられる素材の価格も違いますし、料理ジャンルが違えば調理法も食べ方も違います。言い換えれば、お店によって使えるお魚のランクが違い、料理人が求めるお魚も違うということ。藤本さんはそれを一軒一軒把握し、一尾一尾お魚を見極め、両者をマッチングした上で、その店の食材として最適な処理を施し、届けているのです。例えば、血抜き。うま味要素でもある血の量は、お魚の味わいに影響します。そのため目の前のお魚の状態と想定したお店の料理とに合わせて抜き加減を調整して出荷しています。

だからこそ藤本さんは、「その魚を大切に扱ってくれる人」=「余さず使いきってくれる人」「ちゃんと美味しい料理にしてくれる人」にこそ使って欲しいという考えているのです。取引先リストに入るのが難しいのは、単に希望者が多いというだけでなく、そうした藤本さんの理念に適う料理人であり店であることが必要だから、ということが現地に行ってよく分かりました。
もう一つ、とても小さいことかもしれませんが、お魚を一匹ずつ包装し、発泡スチロールの発送箱の内側も海水で丁寧に洗う姿も、藤本さんの理念の表れに思えて、とても印象的でした。

お料理も作りましたよ!「今治に来てくれた料理人さんには必ず料理を作ってもらう」が藤本さんのポリシーですから。場所は、藤本さんと長年一緒にお魚の研究をしてきた赤瀬淳治さんの鮨店「あか吉」。

厨房に入ると、同じように東京から藤本さんを訪ねて来ていた鮨店チームが既に料理を始めていました。目の前にはヒラメやスズキなどがずらりと並んでいます。調味料や野菜など、そこにある物は何でも使ってOK。言い換えれば、そこにない物は使えないということです。かろうじてバターやオリーブオイルがあったのは幸いでした。しかし、フランス料理の肝であるフォンはない。まあ、鮨店だから当然ですが。僕の様にソースにも重きを置いているフランス料理人にとって「フォンが使えない」というのは、なかなか高いハードルです。でも、作り切りました!しかも、7品!藤本さんも驚いていました(笑)。

「フォンがない」は卵で補い、オランデーズソースで仕上げました。さらにお魚の出汁を使って美味しいブールブランソースも作り、普段は使わない醤油やごま油も使いました。鮨店チームが使わなかったアラや端身も余さずフル活用。慣れない厨房で7品×9人分を作るのは大変でしたが、ものすごく楽しかったです!ブールブランソースの仕上げなんて、藤本さんに手伝わせちゃいましたしね。もともと藤本さんはお料理をされる方ですが、さすがにフランス料理のソース作りは初体験だったそうです。

料理人は常にお客様に美味しいお料理を召し上がっていただきたいと考えています。最良の素材を手にした時、「良質だからこそ、手は極力加えず素材そのものの味を最大限に生かす」と考えるのも一つのポリシーです。実際、藤本さんも「自分が魚を提供したシェフは、ただローストして出すみたいに、お料理がどんどんシンプルになってくる。」と仰っていました。ただ僕は、そうではない。だからそれを聞いた時、思わず「それでも自分はフランス料理人として自分のお料理には必ずソースをかけます!」と言っていました。そうしたら、藤本さんは気を悪くするどころかとても面白がってくれて・・・。「シェフのお料理を食べた後だから素直に納得できる」と笑って言ってくれたのです。
その日、フォンがない中で作った7品に全てに、僕はソースをかけました。その裏には「フランス料理人が本気を出したらコレだ!」という強い思いがありました。それを藤本さんはしっかり感じ取ってくれて、認めてくれたのです。胸が熱くなりました。

最初に鯛やイカを送っていただいてLINEなどでやりとりする中で、僕は、藤本さんが「料理人の目線」を持っているのを感じました。レストランのことや飲食業界のこともよく勉強されていますし、鯛の寝かし具合を毎日お伝えしていた時も必ずコメントを返してくださって、僕自身も大変勉強になりました。さらにこうして一緒に料理を作って食べたことで、藤本さんへの信頼が確信に変わりました。

「ストイックで好奇心旺盛な努力家」
それが、今治で僕が感じた藤本純一さんという人物です。そして勝手に自分と近いものを感じていたら、藤本さんから「自分も中学生の時から漁師になるのが将来の夢だったからシェフのnoteを読んで同じだ!と思った」と言われて、ビックリ。そもそも僕のnoteを読んでくれていたこと自体が驚きですが。さらに、僕が三つ星を目指していることに触れ、「30歳には地域ナンバーワンになり、世界を目指す!を心に掲げて頑張ってきた自分が、共に高みに行きたい人だと思った」とも言ってくださいました。

藤本さんは、世界の魚はまだまだ美味しくできると考えています。自身が培った「獲った魚を最高の状態で届ける」技術を世界で実践し、広めていくことで、お魚をちゃんと美味しく食べられる世の中になる。そうして獲ったお魚を無駄にせず美味しく食べることで、命を生かす。
前回、藤本さんが3月末に初めてクレリエールで来た時に僕の渾身のドーバーチュルボのお料理に「すごい」と本心から言ってくださったお話をしましたが、まだ続きがありました。今治でもその話題になって、ドーバーチュルボがフランスからどういう状態で届くのかをお話ししたんです。すると、藤本さんは「まだまだいけますね」とニヤリ。

食材を提供する側と提供される側。立ち位置は違いますが、見ている方向は一緒なんだと思いました。世界に目を向けながら、プロとしてさらに高みを目指す。単に美味しい魚(お料理)を届けるだけはなく、食文化を守ることを考える。
藤本さんとの出会いは、共に「100年先」を見つめ、進んでいく存在があるということが、なんとも心強く、心を奮起させてくれるということを実感させてくれました。僕はとてもワクワクしています!

☆いよいよ今週はオキオリーブでのイベントです!
このnoteでも、できたらイベントの様子をレポートしたいと考えています。
ちなみにクレリエールはスタッフ全員で参加予定です!

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このnoteを初めて読んでくださった方へ
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はじめに初めまして。ラ クレリエールの柴田です。
白金でフレンチレストランのオーナーシェフをしています。
2020年のコロナ自粛の間、レストランのあり方や自分が今後進むべき道など色々と考えました。その中で「ミシュランで三つ星を獲得すること」を一つの指標として強く意識するようになりました。
そして、どのようにすれば三つ星を獲得できるのか、三つ星にふさわしいと皆様から認めていただけるのか、日々、考えたことや行動したことを記録に残そうと考えました。
ご興味を持っていただけたら幸いです。

★過去の連載はコチラからご覧ください。

最初の連載「ミシュラン三つ星レストランへの挑戦」はコチラからどうぞ

 → 第一章 レストランのシェフになる
 → 第二章 プロの世界へ
 → 第三章 「料理長」を見据えて
 → 第四章 レストラン ラ クレリエール
 → 第五章 オーナーシェフの「仕事」
 → 第六章 ミシュラン三つ星を目指す

2つ目の連載「料理集」はコチラからどうぞ

 → 「ラ クレリエールの料理集1(第一皿~第五皿)」
 → 「ラ クレリエールの料理集1(第六皿~第十皿)」

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