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元作詞家の見解「旧友」

 14〜5年会えずにいた学生時代の友人と久し振りに食事をしました。何方にも通ずるかと思いますが若い頃の仲間というのは、お互い歳を取っての再会でも(?見た目こそ多少の劣化はあるものの?)話す感覚は当時のままですっかり気分の針を巻き戻してくれる大切な存在です。

 仕事、家族についての近況報告に始まり、何処が痛いとかこんな病気をしたとか、不思議と健康問題に落ち着きます。

 この度の再会で一つ印象に残ることがあり、今回はそれについて記そうと思います。 

 度々会う機会がある者との場合ですと、まだリアルタイムに行動を共にしている(当時からの繋がりが切れることなくそのまま継続している、若い日の気分のままいる)感覚があるからでしょうか? 中々気付き辛いのですが、この位時間が空いた相手からは色々聞きたい故に会話も深まる分、そこにとある発見を致しました。

 一通り話し終えた所で私の興味が向かった先は、最初に出会った時以前の彼のバックグラウンドでした。小学生の時にご両親が離婚され、その際にどんなことをどんな風に感じていたか。父親と暮らし新しい母親を迎えて気を紛らわせるために野球に打ち込み真剣に甲子園を目指したこと…そしてそれがその後の彼にどう影響し今日に至っているのか。

 全てが初耳でありました。若い時分には相当な時間を共にしましたが、その様なことは一度も聞いたことがなく。もっとも当時の年齢であればここまで関心を持って友人の生い立ち話を聞くこともなかったでしょう。歳のせいでしょうか? 彼の心の機微を手に取って見ている感覚でした。

 諸々聞く内に相手をいつも思いやる彼の優しさのルーツを知り、不思議に初めてその人間像と出会った様な気さえしました。再会ではない新鮮な出会いを感じ、同時に彼の人柄が改めて腑に落ちたのです。単純に人の違う一面を知ったのとは異なる意外なひと時となりました。

 上手くお伝え出来たか不安ですが、こういった感覚を味わったのは恐らく初めてです。その日私はA君とA'君の二人に会って話をしたのです。発見と言うよりも体験だったのでしょうか。明らかにA'君は別のタイムライン上に存在しておりました。

 長い空白の年月が起こした出来事です。取り留めもなく書いてしまいました。失礼致しました。

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