管理栄養学生ひいろの原動力。貫いていきたい初心。

高校を卒業してまる一年が経ちました。
スポーツ栄養の分野に進みたい。
そう決めてからは2年半くらいかな?

これからnoteには、私の目指すところへの道のりが記されていくと思います。

なので、
noteを更新していくにあたって
そのはじめであるスポーツ栄養に出会う高校時代のことを文字にしていこうと思います。


私は、高校で硬式野球部にマネージャーとして
入部しました。
野球が好きだったのね。
そう思われるかもしれませんが、
母が野球好きでチャンネルを変えさせてくれないので、ずっと野球を”好きなテレビを妨害するもの”と捉えていて好きではなかったです。笑

ですが、中学3年生の夏。
母に連れられて観戦しに行った県大会で
なぜかとても心を動かされました。
そこで、どこの高校に行ってもマネージャーをやる。そう決めて、入学した私立高校で入部しました。今思うと、ここも一つの転機だったかもしれませんね笑

さて、
いよいよ私のマネージャー生活が始まりました。
といっても、言ってしまえば雑用のようなものばかり。平日は、ほとんど掃除、洗濯!土日は、練習試合のスコアやアナウンスをしますが、平日や一日練習は選手の練習を見ることはほとんどありませんでした。その頃は、選手の名前、仕事やスコアの書き方、アナウンスを覚えるのに必死で深く何かを考えることはなかったかと思います。

そんな私が違和感を感じたのは
1年生の秋季大会で負けた時のことです。
私は、負けて泣きました。
でもなぜ泣いているのか自分自身のことなのに
それが腑に落ちませんでした。
選手の流した涙と私の涙は違うと思ったんです。
同じ部活、同じ仲間のはずが違いました。
一緒に戦ってきていない、戦いきれていなと感じました。掃除や雑用をするだけがマネージャーではありません。では、なんのための存在なのか?
それについてよく考えるようになりました。
試合データをまとめたり、モチベーションビデオをシーズンごとに作ってみたりしました。
あまりしっくりくるものはありませんでした。

そして秋が終わり
冬練がはじまり同時に食トレも始まりました。
この食トレ
ご飯をすごい量食べなければいけないんです^^;
当時、体重を増量したいけどなかなか増えないと相談してくれていた選手がいたので
この食トレで変わるかも!そう思っていました。
ほんとにてんこ盛りのご飯なんです笑
その食トレではその後の練習で
食べた物をもどしてしまう選手、
減量の選手にご飯をあげている選手(減量でご飯減らしてる意味ないでしょ!笑)、辛い思いをして食べているのになかなか変わらない選手の身体に私はこれでいいのかな?
ほんとうに合っているのかな?と
疑問に思うようになりました。

ここから、
私のスポーツ栄養の勉強が始まります。
調べていくうちに、
そういった学問があることを知り、
図書館に行ったり、本を買ったりと知識を得て、
選手に伝えていました。
そして、最後の食トレの時期までには
内容を変えてもらえるように監督を説得しようと考えていました。
実際、話をしましたが
とりあってもらえませんでした。
あたりまえですね(^^;;
その道の専門家でもなく、
ましてやただの高校生です。私の声で、これまでやってきた伝統をくずしていたとしたら、
その先どう変えると良いのか分からず
中途半端になってしまい、模索してしまっていたと思います。なので、今思うと良かったのだと思います。

そして
先輩が引退し、最高学年になったとき
体重管理について任せてもらうことになり、筋トレ係(学年で色々な係があったのです。)の選手2人と一緒に、プロテインの飲み方などをまとめてみんなの前で話してくれと言われました。後者は、コロナの影響でできませんでしたが監督なりに私の気持ちを汲み取ってくださっていたのだと思います。感謝しています。

私は、マネージャーの中でもだいぶ好きに動いていたのではないかと思います。
もちろん、マネージャーとして決められた仕事はやりました。少しの変化も捉えられるようにし、コミュニケーションをしっかりとり、目や耳、心と頭で選手をみようと努めてきました。

ですが、
私が変えたかった、どうにかしたかった部分。
一年生の時に体重の相談を受けた選手、
そのほか相談をしてくれた選手の悩みを解決することはできませんでした。
食トレを私が変える!といって
頼んだよ!と言ってくれた選手。
やり残してきたことがたくさんあります。

得たことは、
・ひとりひとり条件の違う選手の身体を変える栄養サポートは知識があってもできないということ。また、選手の身体を変えるには、栄養サポートがあるからといってできるわけではありません。選手自身の意識と栄養サポートが合わさることでようやく変わっていくのだと思います。

・ひとりひとりに合わせた栄養サポートを行うには、経験がとても重要だということ。
選手はひとりひとり身体も運動量も色々な部分が違います。なので、基本的な知識を持っていてもそれをその人に合わせて応用させることができなければ効果も得られないと思います。

・野球の世界はまだまだ伝統的で、お米をとにかく食べる!なんの根拠もない量の指定など、まちがったやり方をしているところも少なくない。
そのため、選手ではどうもできない部分がある。

こうして私は
2年の途中で固めはじめていた進路を変え
スポーツ栄養を学ぶことができ、管理栄養士の資格取得が可能な大学に進むことにしました。



長くなってしまいましたが
これが今の私をつくることになった経緯です。

今思うと
やりすぎたなと、なんだか恥ずかしいなと、
(私は国公立、難関私大を目指すクラスにいたので)いちばん力を入れなければいけなかったのはそこじゃなかったでしょ!とも言いたくなりますが。。

その頃は
同じただの高校生なはずの選手たちが
すごい力を持っているようなそんな感じがしていたんです。
私もそれに追いつこうと、振り落とされまいと
訳も分からず必死でした(^^;;
でも確実にこの野球部としての日々は
今の私の原動力となっていて
とても大切な3年間です。


選手のパフォーマンスを最大限に引き出すのはもちろん、身体の悩みを栄養サポートによって解決、改善の手助けをしていければと思います。
それによって、私はジュニアアスリートの活躍、将来への可能性を広げていきたいです。
また、選手だけでなく
指導者や保護者の方にも正しい知識を普及させ
仕組みを良いものに変えていきたいです。

今は〇〇したい、〇〇できたらななどの言い回しが多くなりがちだけど、
ぜんぶ実現して進行形もりもりの文章になるように!

近い将来の目標は、(目指すは今年度中!)
所属していた野球部で
中途半端にやり残してきたことをしっかりやり切ること!

そのために、頑張る。


過去の話がメインなのは
これっきりかと思います。
過去の話ばかりしていたら、
そこから進んでないのかな?今は?となってしまうかなと思いました。

自分が進んでいくためにそうします!
たまに自分の中で振り返るぐらいで☺︎


ひいろのこれからをよろしくお願いします。
長々とありがとうございました✳︎

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