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北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周【10】3日目 天塩〜稚内② 2015年5月24日

烈風吹き荒れるサロベツ原野。稚咲内を出た後も、北西からの強風は弱まる気配がありません。
フロントギアはインナーに落とし、ドロップハンドルの下を持って、地を這うようなライドが続きます。

強風との苦闘の果てに…

地図を見ると、この辺、砂丘の内側には、長沼、ジュンサイ沼などの湖沼があり、6月下旬にもなると、ハマナス、エゾカンゾウなどの花々に覆われるそうですが、今日はタンポポくらいしか目に留まりません。5月も下旬というのに、サロベツ原野はまだやっと初春といった趣です。

海上の利尻岳の姿が一段と大きくなり、雲も晴れてきました。周囲に高い山が他にない、という条件によって、その印象はかなり増幅されているのだろうけれど、実に秀麗な美しい山です。
その姿を横目に、電柱もガードレールもない、原野の中をひたすら真っ直ぐに伸びる道を、ひたすら前に進みました。脳内でウィリアム=アッカーマンの「イマジナリー・ロード」など鳴らしてみるのだけれど、すぐに「くそっ、しんどい」という心の声に消されてしまいます。

海岸草原と利尻岳

やがて、道はやや内陸に入り、砂丘への緩い上り坂になりました。
地図を見ると、ここは宗谷西海岸の「肩」にあたる部分で、南から北北西に向かってきた海岸線が方向を変え、北北東のノシャップ岬に向かってせり上がっていく地点になります。また、この辺りは、本土と利尻島の距離が最も近い地点です。
わずか2~30mほどの高さだが、砂丘を登りきったところで、その風景のあまりの美しさにペダルを止めました。

強風によって白波の立つ海の向こうに、利尻岳。
内陸は、熊笹に覆われた砂丘が波打っています。その合間に点在する湖沼はここからは見えませんが、ようやく長い冬を終えたかのような、萌黄色の湿原帯が広がっていました。
道は、砂丘の上を、若干波打ちながら真っ直ぐに伸び、通り過ぎる車は1~2分に1台ほど。

風の音しか聞こえぬその風景の中に、愛車と自分だけが、今この時、存在している。
こういう時ほど、自分もまた膨大な生態系の一部であり、宇宙の一部であることを感じる時間はありません。
厳しい道のりだったけれど、エスケープしないで、走ってきてよかった。
この風景を残して先へ進むのがもったいないような、でもこの風景の中を先へ先へ、次に何が待っているのかを楽しみに早くペダルを踏み出したいような、そんな忘れがたい一時でした。

抜海の蒼空

ついに、ノシャップ岬へと続く海岸線の全容が視界に入ってきました。
先ほどの「肩」のあたりから、 進行方向が北北西から北北東に変わり、完全な向かい風ではなくなったことに加え、風力自体も若干弱まったようです。少し楽にペダルを踏めるようになりました。ギヤを2枚ほど上げて、前方に見える抜海岬を目指します。
抜海は、宗谷本線が僅かの時間だが海岸段丘の上に出て、利尻島・礼文島の全景を眺められるポイントとして、鉄道ファンにはそれなりに馴染みのある地名です。語源は「ポ・カイ・ペ」子供を背負うもの、という意味で、子供を背負ったような形状の岩が岬にあることからきているといいます。響きも字面もとても良く、好きな地名です。
目の前を、キタキツネがのんびりと横切っていきました。

抜海手前の湿地帯

「抜海 6km」の標識が出てから先が意外と長かったが、海岸草原や湿地の中を走り、高台に灯台の立つ抜海の集落に到着しました。ここで休憩とも思っていましたが、一気に駆け抜けます。ここで行程を中断し輪行する、などという考えはもはや霧散していました。
右手は、熊笹に覆われた低い丘陵が続いていました。強風で空中の塵が吹き飛ばされたのか、宇宙にまで届きそうな蒼空が、その上に広がっています。上空も依然として風が強い様子で、筋状の雲がたなびいていました。
空の色が凄い…

ノシャップ岬〜稚内 そして帰路へ

道はやがて二手に分かれます。右は丘陵を越えて、そのまま稚内市街へと下っていきます。左手はノシャップ岬へと海岸線を忠実に辿ります。
迷わず左へと進みます。
最後の10キロになってようやく、人家が増え、交通量もそれなりに増えて、人里の雰囲気になってきたました。風は依然として強いことは強いが、もはや必死になって踏み込む必要はなく、フロントギヤをアウターに入れても、くるくる回せる程度には弱まりました。
5キロほど走ると、前方に、赤と白の灯台が見えてきます。右手の丘陵地帯の上には、自衛隊のレーダー施設が立っています。ある意味、北辺が近づいている予感を掻き立てられます。

13時30分、ノシャップ岬に到着。
まだ北海道最北端ではないけれど、今回の目的地までは走り切りました。今日はきつかったけど、走ってよかった、という満足感に、自然と頬が緩みます。
日曜午後の岬は、穏やかな陽光に包まれ、家族連れで賑やかでした。何軒か軒を並べている食堂の一軒に入り、ウニいくら丼をがっつりと食いました。

ノシャップ岬
ノシャップ岬からの利尻岳

ノシャップ岬から稚内市街までは4キロほどの距離。家並みの間から海が見え、その向こうに次回予定している宗谷岬へのルートが延びていました。
稚内には高校生の頃、初めての北海道旅行で立ち寄ったきり、なんの記憶もないのだけれど、駅を中心に再開発の進んだ市街地はそれなりに明るく整備されていました。

札幌行き特急の切符を購入し、副港市場にある温泉施設で一風呂浴びて、冷えた身体を温めました。温泉の露天風呂から眺める稚内の街は、クマザサに覆われた丘陵に低層の家並みが軒を連ねていました。その様はどこか日本離れしており、未知のロシア極東など、寒帯の風情を漂わせていました。

すっかり綺麗になった稚内駅

16時49分、札幌行き「スーパー宗谷」に乗って稚内を後にしました。出発して間もなく、列車は海岸台地の上に出ます。僅か2、30秒ではあるが、ゆったりと裾を引く利尻岳と、その傍に横たわる礼文島のシルエットが、西に傾いた陽にくっきりと映える姿が車窓に広がりました。利尻岳の姿はその後もしばらく、サロベツ原野の彼方に浮かんでいました。 

車窓からの利尻岳。右手に礼文島

<第3日目 走行記録> ※全てRuntastic 計測値
走行距離:78.9Km
所要時間(休憩除):4時間40分 
平均時速:16.88Km/h 最高速度:29.57Km/h (ノシャップ岬〜稚内市街)
獲得標高:78m
消費カロリー:1518Kcal

ー 第3日目 以上 ー

※続く第3レグは、いよいよ宗谷岬を巡り、オホーツクを走ります。


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