雨の音。

「ピチャピチャピチャ」


黄色い長靴、赤い水玉模様の傘をさしながら、女の子は雨の音を口ずさんでいました。


道路にはいくつも水たまりができています。女の子は、水に濡れるのも、汚れるのも気にせず、あえてジャブジャブと水たまりを通って歩いていました。


しばらく水たまりと遊んでいると、向かいからお母さんと手をつないだ女の子が歩いてきて


「テテンテン、テテンテン」


と雨の音をマネしながら、女の子の横を通り過ぎていきました。


女の子は首をかしげ、不思議に思いました。雨の音は、ピチャピチャピチャなのに。


「ちょっとすいません」


雨の音にまぎれて、突然、どこからか声が聞こえてきました。女の子はあたりを見回しましたが、誰もいません。気のせいかと思って、再び雨の音について考えていると、今度はさっきよりも大きな声で


「すいません!下です、下です」


その声は少し怒っているようでした。女の子が下を向くと、1匹のアリと目が合いました。


「先ほどからあなたの傘からたれてくる雨粒が、ぼくの家を直撃しているんです」


女の子は、アリの指さす方を見ると、たしかに傘を伝った雨粒が、アリの家である小さな穴に直撃していました。


「大変!」


女の子はアリの家に雨粒があたらないように、小さな穴をあわてて傘で覆いました。


「おぉ、これはいい。しずかな時間を過ごせそうだ」


アリは両手をあげて喜びました。


「雨が降る日は大変なんです。雨の音がうるさくて眠れやしない」


「どんな音がするの?」


「バーン、バーンですよ」


アリはいいました。女の子は驚きました。


「ピチャピチャピチャじゃないの?」


「そんなおかしな音ではないですよ」


アリは不思議そうな顔でいいました。


「わたしにはピチャピチャピチャに聞こえるのに・・・」


女の子は、傘をアリのために置いていき、アリみたいに直接、雨の音を聞こうとしました。すると、


「風邪をひいちゃうよ」


女の子を心配する声が、今度は空の方から聞こえてきました。女の子が上を向くと、1羽のスズメが電線にとまっています。


スズメは、体を震わせて、羽についた雨粒を振り払っていました。


「スズメさんこそ、風邪をひきそう」


「私は、もう家に帰るから大丈夫」


スズメは、そういって、遠くに見える大きな木を指さしました。


「スズメさんは雨の音ってどんなふうに聞こえる?」


女の子は、聞きました。


「私には、シューシューって聞こえるよ」


またもや違う雨の音です。女の子は悩みはさらに深くなりました。



雨の音がみんな違うふうに聞こえるのは、なんでだろう?



スズメは、「風邪に気をつけて」というと、雨の空に向かって飛んでいきました。


雨は降り続け、女の子はどんよりとした雲を見上げていました。すると、また声がどこからか聞こえてきます。


とてつもなく大きな声は、どうやら雨を降らしている、あの雲から聞こえてきます。


「雨の音がなんで違うふうに聞こえるか、そう悩んでいるのは君かな」


女の子はびっくりしました。女の子が心で思ったことを、雲は知っていたからです。


「言葉よりも、見てもらった方が早いかな」


雲はそう小さな声でいうと、なにやら呪文のようなものを唱えました。すると、あたりは急にしずかになって、雨の音は聞こえなくなりました。


女の子は、何が起こったのかわからず、ぼんやりとあたりを見まわして、驚きました。時間が止まってしまったかのように、人や車、自転車、雨粒までもが動きを止めているのです。


「雨粒をよくみてごらん」


雲は、やさしく語りかけました。女の子は驚きました。よくみると、雨粒ひとつひとつには顔があるのです。


女の子はひとつひとつの雨粒を、夢中でみてまわりました。


楽しそうに笑っている雨粒や悲しそうに泣いている雨粒、おおきく口を開け叫んでいるような雨粒、寝ている雨粒、ひとつひとつの雨粒はどれも違った表情をしていました。


「どうだい。雨粒にはそれぞれの顔があるし、声もある。けど、同じ声でもどう聞こえるかは、みんな違うんだよ。君がピチャピチャピチャと聞こえたらそれで正しいんだ。例えば、あの水たまりの上に雨粒を落としてみよう。そーれ!」


雨粒が水たまりの上に落ちて、水面上に波紋が広がりました。


「どう聞こえた?」


「ポチョン」


女の子は答えました。


「私は、ピチョと聞こえたよ」


雲は、笑顔で言いました。


「面白いだろう。どっちも正しい。正解はひとつではないんだ。おっと、そろそろ動かさないと、雨粒たちに怒られそうだ」


そういった途端、雨はいつものように、空からどんどん降ってきました。女の子は、わけもなく踊りたくなりました。心の底からわきあがる何かが、そうさせたのです。


女の子は、ママにいまあったことを話そうと、ウキウキしながら、雨に濡れるのも気にせず、急いで家に帰りました。


ママは、傘もささずにずぶぬれになった女の子をみてびっくりしました。女の子は、そんなことお構いなしにしゃべりました。


「傘でアリさんの家を守っていたの。それにスズメさんとも話したし、雲さんとも話したの。ママ、知ってる?雨粒にはひとつひとつ顔があるんだよ!」


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