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霜月に想う展覧会のこと

某日―― 展覧会を作っている先輩に展覧会の構想を話す

入社してすぐ教育係についてくれた先輩が、遠い土地の転勤から帰ってきた。
新入社員のころ、平日はほとんど毎日、昼夜2食を2人で社食で食べて、終電まで2人で働いていた人で、よっぽど家族より話していたかもしれない。それが苦痛にならないくらいの素敵な感性としっかりした倫理観を持っている人だった。
「先輩が同級生だったら絶対友達でした」となんだか偉そうな発言をしても、「わかる」と言ってくれた、優しい人だ。
先輩から「地方に行く」(しかも自分から希望して)と聞いた時には、身体の一部をもぎ取られるような気がしたし、「これからずっと心の中の先輩が言いそうなことの言霊を聞きながら仕事します」などと重めの発言をして泣きながら送り出した。
実際には全然世界は終わらなかったし、先輩なしでも平気だった。今はもう、お互いにあの働き方をする必要も気力もないけれど、おかげでできた関係性には感謝している。

帰ってきた先輩は、変わったところもあったけれど、やっぱり見たことのない景色を夢みて、抜かりなく俊敏にそこへ向かっていた。その変わらない秀でた輝きを見て、心底嬉しかった。
先輩に言われていまだに思い返す言葉をいくつか、数年の時を越えてシェアしなおしたり、私は私でこんなの頑張ってますという話をすると、先輩もやっぱり嬉しく思ってくれたみたいだった。
「会ったらこの話がしたいと思っていた」、「こんなことは君にしか話せないと思った」ーーそう屈託なく言い合える場が人生でいくつ作れるだろうか。異性同士で先輩後輩だから、色々と考えて気を遣って、お互い全然私生活には踏み込まないでいるけど、でも、貴重で大事な関係なのだ。

調子に乗って、いつか実現させてみたい展覧会の構想を話していた。
「うわ、いいね、いいよ、いいアイデア持ってるじゃん」
ちょっと悔しそうな気持ちを抑えてしっかり褒めてくれるこの声色を、なんとか引き出そうと目標にしていたときの記憶がぶわっと蘇った。
恐る恐る出してみたブレストの場で「あ〜○○さん好きそう」「めちゃ○○さんぽいね」という感想ばかり貰っていた私に、先輩からの嫉妬混じりの肯定はご褒美すぎた。

先輩は、もしかするとまた希望して遠いところへ行ってしまうかもしれないのだそうだ。やりたかった展示が軌道に乗って、一段落ついたんだろう。元々やりたかったもっと大きい夢があることも知っているし、心の底から応援したい。
まだ最後の機会ではないはずだけど、その日は先輩は歩いて帰る私に合わせて一緒にひと駅歩いてくれた。
やっぱり、同級生だったら超友達だったなあ。
いつか自分たちが作った展覧会のチラシを並べてご飯食べましょうね、先輩。

某日ーー美術品としての収蔵の如何を問う

「これが、本当の折り紙つきというものです」
とある能楽師の先生のところへ伺って、代々伝わる能面のコレクションを見せていただいた。その中でも一点の能面には箱の中に折り畳まれた紙が入っており、その紙には「○○(作品名のようなもの)折紙」と書いてあった。誰が誰のために作っていくらで売ったを記した状態の良い和紙だった。
つまりガチものの、「折り紙付き」だったのだ。

歴史を超えて数百年、その家で受け継がれている能の道具は、家宝であり、また大事な芸能の小道具でもある。「使うことでこそ初めて価値をもつ」という工芸の主旨を、そのまま体現するような品だ。
先生曰く、美術館に寄贈して収蔵品になれば、一番良い状態で長く保存してもらえる。しかしその瞬間に、能面は芸事の道具から、美術品に“変わってしまう“のだそうだ。
当代を担う責任を負いながら、手から手に渡ってきた能面に宿る、念の重みや演者の汗を想像すると、微笑む小面からぶわっと室町の風が吹いたような気がした。

美術品の展覧に収まらない、こうした手触りのある鑑賞機会というのも、また大事な価値観として持っておきたいと心に刻んだ。

某日ーー 展覧会鑑賞の趣味が呼ぶ新たな趣味

京都モダン建築祭という催しをご存知だろうか。
今年は有り難いことにこれに誘ってくれた友人がおり、3日間完全に楽しみ倒した。20近い建築をめぐり感想は尽きないが、最終的に私のなかに残ったのは、展覧会って最高じゃないか?ということだった。

「京都って古い自社仏閣や史跡だけでなくモダン建築も素敵なものがたくさんあるんだ」と驚いたのは2年前に京セラ美術館で観た同テーマの展覧会をたまたま見たからだ。その内容があまりに良かったので当時は随分と周りにそのことを伝えチャンスがあれば図録なんかも見せていた。
私の中でのその興味の起こりというものも、おそらく建築祭が始まるに足り得るブームも、あの展覧会から始まったのだと理解している。
気がついたら、ちゃっかり建築巡りという趣味が増えているわけだから恐ろしい。

マスターピースに出会い、じっくり対話する場となることも展覧会の良い営みではあるが、やはり新しい切り口との出会いという良さもまた大きな柱である。
誰かの何かを変える出会いを与えたい。その活力となる体験を来場者としてできて幸運である。

最後に

最近心にの残ったことを思い返すと展覧会に関わることばかりだったのでまとめてみました。いまおすすめの特別展は東博の「やまと絵」です。

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