IPPON女子グランプリがもたらすもの

あ、これからIPPON女子グランプリの話をします。

1990年12月23日。暮れの中山競馬場はオグリキャップのラストランを見るための人でごった返していた…ああ、待って!ちゃんとIPPON女子グランプリの話するから!待って!!

オグリキャップはこの年絶不調。前走ジャパンカップは11着と大惨敗。誰もが「終わった…」と思っていた…まって、もうちょっと待ってね!
第4コーナーを回ってオグリキャップが先頭に並びかける。大歓声のなか、オグリキャップが力強く抜け出し。中山の直線は短いとはいえ、オグリキャップはいずれ追いつかれるはずだった、が…オグリキャップがその魂を燃やし、命がけのスパートをする。

そして「オグリ先頭!」を連呼する後ろで、オグリに気を取られて気付いてないと思ったのか、解説席の人物が「りゃいあん!りゃいあん!」と叫ぶ。メジロライアンが後ろから来ていたのだ。このメジロライアン大好きおじさんが、「競馬の神様」といわれた大川慶次郎氏である。

<競馬の神様がもたらした「奇跡」>

大川慶次郎氏が競馬の神様と言われたのは、「1Rから12Rまで全レース的中させる」という離れ業を2度もやってのけたから、というのもあるのだが、やはり競馬界における一番の功績は「展開」という概念を予想に取り入れたことであろう。

「展開」というのは「馬全体がスタートしてから、どの位置を走り、どういう形で直線に入って、どこを通ってゴールに向かうか」という予想をすることである。
今でこそ、当たり前のように競馬新聞には「逃げ」「先行」「差し」「追込」を表す四角に矢印が入ってて「あ、今日は前に行く馬が多いなー」とか「逃げ馬1頭だけか…楽に逃がすと大変だな」とか、そういうのが見えるようになっているが、この大川慶次郎氏がこの概念を開発しなければ、ひょっとすれば競馬予想というものは違った姿をしていたのかもしれない。まさに「予想における奇跡ともいうべき発明」である。

…という、「展開」という概念が、一人の人間によって開発された、という枕をもって、IPPON女子グランプリの話をしていこうとおもう。

<【大喜利】>

IPPON女子グランプリの意義やジェンダー論的なものは置いておくとして、一つの「大喜利番組」として見たときに、面白さでいえば「本家と同等とは言えないが、大喜利番組としては成立していた」という風にワタシは感じた。番組終わって第一声は「やっぱバカリさんすげーな」だったところからも、本家を超えた、あるいは並んだとは思わなかった。

が、決して面白くなかった訳では無い。芸人サイド、女性タレントサイド、双方ともに見せ場もいっぱいあったし、ネタも秀逸なものはたくさんあった。ただ、唯一足りなかったのが「【大喜利】に合わせられる人が少なかった」ところであろう。

<大喜利の先鋭化=【大喜利】の成立>

【大喜利】というのは、一般的に言う「大喜利」の中でも、このような「ショー形式の大喜利」を踏まえて生み出された概念である。そう、競馬予想が「展開」を踏まえて大きく発展したように、大喜利も「ただお題に即して面白い答えを言う」ところから、一つ大きく進んでいるのだ。

ワタシも、大喜利に詳しい友人がいて、その子に話を聞くまではそうした概念があるということを全く知らなかったのだが、今は当たり前のように、「【大喜利】を踏まえた答え」があり、それを使わないと勝てない世界になっているのだ。

<会場のウケ≠イッポン>

答えを出すタイミングや、答えの捨て方など、【大喜利】のルールはたくさんあるが、IPPON女子グランプリで一番顕著に出たのは「審査員の好み」であろう。IPPON女子は通常とは違い、お台場笑おう会の4人が審査員となってイッポンの判定を行っていた。良くも悪くもそこが大きなウェイトを占めてしまった。というのも、審査員が

松本人志 58歳
バカリズム 46歳
川島明 43歳
大悟 42歳

と、40代以上が固まっていたのだ。一方でメンバーを見ると。

箕輪はるか 42歳
Aマッソ加納 33歳
蛙亭イワクラ 32歳
福田麻貴 33歳

王林 24歳
渋谷凪咲 25歳
神田愛花 42歳
滝沢カレン 30歳

と、やや世代にギャップがある。やや答えのハードルが下がってると思われる女性タレント部門は置いとくとして、女性芸人部門での「審査員が求める答え」への回答力に、この年齢が大きくでてしまった印象だ。

<【大喜利】に合わせたイワクラ>

例えば、イワクラが1問目で出した「推しのアクスタ、机に置いとくけどいいよね」という答えは、完全に「アクスタ」がわからないと面白くないが、当然おじさんにはウケなかった。アクスタが把握できてない(あるいは把握しててもちゃんと評価できてない)のだ。

特に前半のイワクラはこの「ギャップ」に苦しめられた。作り込んだやや長めの答えは、シンプルな答えが好みだった審査員にはウケず、大きく出遅れる結果になった。
しかし、ここから「審査員が好む答え」にスイッチできたのが、「自分のスタイルを貫いた」Aマッソ加納と福田麻貴との差になった。あの8人の中で、唯一「後から【大喜利】のルールに自分の答えをアジャストできた」人物だったイワクラは、もしわかっててやったのならば、相当な【大喜利】力があるのではないか、と思う。

だが結局勝利をつかんだのは、年齢が審査員に近く、修正の必要もなく「審査員が望む答え」を出し続けた箕輪はるかであった。

<【大喜利】に合わせられなかった渋谷凪咲>

女子タレント部門は神田愛花の飛び道具に始まったが、大喜利巧者と言われる渋谷凪咲がグイグイ引っ張る展開になった。特に1問目の「尻モギ」は、IPPON女子グランプリの最高の答えの1つだろう。だが、この成功が4問目の失速につながるとは、誰が思ったであろう。

この女子タレント部門も、「審査員が望む答え」が色濃く出たセクションになった。「尻モギ」は審査員の求める「漢字1文字+カナ2文字」の答えでウケた。なのでその後想定される答えは「首グイ」などの答えがあっての「膀胱爆大男」みたいな変化球…という展開だった。
ところが4問目の渋谷凪咲の答え「尿(にゃー)」は「変化球」側の答えだった。なのでこの後同じような「漢字はかわいくないけどかわいく読む」という変化球側の答えをいくら投げても、「尿」を超えなければ面白くなく、おそらく超えるのは相当なレベルでないといけない。そのレッドオーシャンを進み続けて、あろうことか王林も神田愛花も同じ方向で乗ってしまったがために、滝沢カレンが一人で進んだ「審査員が望む答え」である「字面が怖いものをかわいく読む」方に軍配があがってしまった

もしイワクラであれば、4問目は相当早い段階で滝沢の路線に切り替えていただろう。だが、渋谷の【大喜利】への対応が遅れた結果、これも「審査員が望む答え」を出し続けた滝沢カレンが勝つことになった。

<IPPON女子グランプリの意義>

というわけで、勝敗の境目は良くも悪くも「審査員」だった気がする。もし普通に「大喜利」をやっていれば、あるいは勝者はもっと変わったかもしれないが、「答えを出すタイミング、答えを【捨てる】タイミング」や「審査員が望む答えを出す」こと、もっと細かい小手先でいえば「絵回答」や「言い方」のようなものまで、【大喜利】のテクニンクは山のようにある
そして言うまでもなく、これらを生み出したのは「IPPONグランプリ」という、大喜利を【大喜利】にしたパイオニアがあってこそである。そういう点で言えば、IPPON女子グランプリというのは、【大喜利】にのっとって開催された、由緒正しい「IPPONグランプリの姉妹番組」だったのではないだろうか。

<IFの世界>

審査員の好むものが変わっていれば、結果も違っていただろう。
もし、松本人志、せいや、かまいたち山内、もう中学生が審査員だったら、神田愛花やAマッソ加納が無双していたかもしれない。
そう、あの場所にいた8人の、大喜利の基礎力は計り知れないものだった、これも大喜利を一般化し、誰でも参加できるものにしたIPPONグランプリの功績と言えるだろう。

大喜利を【大喜利】にし、競技先鋭化したIPPONグランプリを踏まえて生まれたIPPON女子グランプリが、この先どんな【大喜利】を生み出していくのか、とても楽しみである。

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