ひきこもりの居場所は、なぜ特定の人しか来なくなるのか?
こんにちは!
ひきこもりの生きる道@茨城です。
僕は今までいわゆる「ひきこもりの居場所」やそれに近い場所にいくつか参加してきました。
僕が参加した居場所はそれぞれ主催者も雰囲気も来ている人たちも全く違うのですが、なぜかどの居場所も特定の人しか来なくなる現象が起きていました。
今回は「なぜ、ひきこもりの居場所は特定の人しか来なくなるのか」について考えてみます。
※あくまで個人の経験と体験に基づいて書いた記事なので、ひとつの見方として読んでいただければ幸いです。
居場所に来るには交通費がかかるから
居場所が自宅の近くにあるというのはレアケースだと思うので、ほとんのど当事者は交通費をかけて居場所に来ているのが現実です。そしてお金がない当事者にとっては交通費は死活問題になります。
最初は良くても何回も参加するうちに交通費の負担が大きくなって、参加するのを断念する人もいると思います。居場所はお金をかける価値を見出しにくいのも事実です。(社会復帰に直接繋がるわけではないので…)
となると、安定して参加できる当事者はお金がある人、自家用車で来れる人(茨城県では珍しくない)、親に車で送り迎えをしてもらえる人に限定されてしまいます。
気分や体調にムラがある人に対する配慮が難しい
ひきこもり当事者にはその日によって気分や体調にムラがあるという人もいると思います。スタッフに保健師や心理士がいる行政の居場所ならば、そんな方に対する配慮が可能ですが、大半の居場所では難しいと思います。
気分や体調にムラがある人も最初は頑張って居場所に馴染もうとするのですが、周囲の理解がなさすぎたり、無理をすることに疲れてしまうと「もういいや」となり参加することを諦めてしまいます。
居場所のスタッフや他の当事者も意外と「普通であること」を求めてくるので、そこから外れる人は辛くなるというのもあります。
常連さんが居心地が良い=新規さんが入りにくい
居場所にいつも参加する常連さんがいるのは、その居場所のスタイルが作られるので良い面もありますが、それが行き過ぎると新規さんは入りにくい雰囲気になるのかもしれません。
個人経営の飲食店でも常連さんとお店の人が盛り上がっていると、一見さんは入りにくいという現象が起きるので、居場所でも常連さんが居心地が良くて新規さんへの配慮に欠けていると、新規さんは定着しないという状況が生まれます。
マシンガントークをする人がいる
居場所に1人でも自分の話をいわゆる「マシンガントーク」でひたすら話す人がいると、聞いている人は時間とエネルギーを奪われるので、その人の話を聞いていても平気な人しか残らなくなります。
マシンガントークをする人に悪気はないのかもしれませんが、その人が話し続けることで話すのが苦手な人が発言する機会が奪われるので、周囲に与える影響は大きいと思います。
居場所のスタイルがフリースペースや溜まり場
ひきこもりの居場所をデイケアのようにやる事が決まっている「プログラム型」とやる事が決まっていない「フリースペースや溜まり場」の2つに分けると、フリースペースの居場所は新規さんが入りにくいです。
プログラム型はスタッフの負担が大きくて、当事者の自主性がなくなるという欠点はありますが、スタッフが仲介してくれるので新規さんは入りやすいです。フリースペースは当事者の自主性に任せているのでスタッフの負担は少ないですが、常連さんだけが居心地が良くなる欠点があると思います。
居場所のタイプの好みはあると思いますが、ひきこもり当事者が最初に参加する居場所は僕はプログラム型をオススメします。フリースペース型はハードルが高いです。
まとめ
今回は「なぜ、ひきこもりの居場所は特定の人しか来なくなるのか」について考えてみました。
当事者の中には交通費や体調などの要因で居場所に参加しにくい、または定着しにくい理由があるのと、現状の居場所は常連さんが居心地が良くなると新規さんは入りにくい状態になることが見えてきました。
僕は今のひきこもりの居場所は大雑把に色んな当事者を受け入れている形なので、もっと当事者の状態に合わせた居場所のジャンル分けをすればいいのにと思います。
今の色んな当事者が集まる居場所だと、少なからず傷ついてしまう人が出ますからね…。
ただ、居場所は保健所などの行政が運営しているものを除けば、ボランティアに近い形でやっている所がほとんどなので、お金も人も余裕がなさすぎて、男女を分けて「女子会」を開催するのが精一杯なのかもしれませんね。
今回も最後まで読んでいただいて、ありがとうございました!
(もし好評ならば、第2弾を書くことを検討するので、よろしくお願いします。)
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