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[2]ブリヂストン防振ゴム事業売却を考える(その2) ~オープン・ソースから考える中国のサイレント・インベージョン

前の記事の続きです。
その1はこちら:オープン・ソースから考える中国のサイレント・インベージョン ~ブリヂストン防振ゴム事業売却を考える(その1)|髙山彦行|note
しかし、noteは使いづらい。HTMLを触らせてくれと思う。

買収目的を掘り下げてみる

ブリヂストンから取得したい技術は、エンジン・トランスミッションマウント(以下、エンジンマウントとします)系の技術(前述の2つ)とインホイールモーターという電気自動車用の技術ということになります。
何気なく暮らしていると気づきにくいのですが、日本は自動車製造大国です。これだけの数の自動車メーカーがある国は他には存在しません(小規模生産を除く)。国産のエンジンの歴史は古く、発動機として国産され始めてから100年以上になります。世界でエンジンを設計・製造できる国が限られているのは、脈々と技術が継承し改良しつづける必要があるからなのです。裏を返せば、エンジンの設計・製造技術は一朝一夕には出来ず、新規参入が難しいとも言えます。中国や韓国でエンジンの開発がうまく行かないのは、マイスター気質が足りない面もあるかもしれません。そこで逆転を狙ったのが電気自動車なのです。ノウハウの塊であるエンジンを捨て、部品点数も少なくエンジンに比べてシンプルな作りの電気モーターとバッテリーにリソースを集中して覇権を狙うという戦略は、逆転劇をする上では理に叶っています。電気自動車の功罪は別にして、中国は政治的世論的な工作含めて電気自動車を推進しているわけです。
敢えてエンジンマウントの技術を取りに来たというのはどういうことなのか。インホイールモーターの技術が欲しい場合、ブリヂストンと共同研究を行っていたメーカーなども選択肢としては考えられます。恐らく、エンジンマウント技術とインホイールモーター技術の両方を取りに来ているのでしょう。因みに、エンジンマウントとモーターマウントの技術は全く別物で、エンジンマウントの技術は、熱対策や低周波の振動だけでなく高周波も関係します。一方のモーターマウントは主に高周波のことに集中すれば良いので防振ゴムの技術としてはエンジンマウントほどノウハウの蓄積を必要としません。
では、電気自動車を強烈に推進している中国で準国策企業(前身も含めて、短期間での多数の買収費用の出処は国の支援だと考えるのが妥当でしょう)のような会社がエンジンマウント技術を何故欲しがるのか。軍事転用を前提としての技術取得の可能性が考えられます。
もう一つ、エンジンマウントが主要目的の一つだろうと考える点があります。それは売り上げ面からです。エンジンマウントは、サスペンションの部品(サスペンション・ブッシュ、ダストカバー、アッパーサポートなど)に比べ、高機能で製品サイズも大きく、製品単価は数倍以上になります。建築用の免振部品の単価は高いのですが、圧倒的に数が出ません。つまり、売り上げの主力はエンジンマウントなのです。

軍事転用先を考えてみる

エンジンマウントの転用先

実は最初にこのブリヂストンのニュースを聞いたときに想起した過去のニュースがあります。

東芝機械ココム違反事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E8%8A%9D%E6%A9%9F%E6%A2%B0%E3%82%B3%E3%82%B3%E3%83%A0%E9%81%95%E5%8F%8D%E4%BA%8B%E4%BB%B6

ウィキペディアより

概略を掴むにはウィキペディアで十分だと思います。こちらでも簡単に説明しておきます。東西冷戦時にココムという共産圏への戦略物資・技術の流出防止を目的とする協定がありました。東芝の子会社である東芝機械が加工技術をソ連にこっそり輸出しました。この技術はソ連の原子力潜水艦のスクリューの静粛性を向上するということで、大問題になった事件です。
航行しているとき(スクリューが回転しているとき)のソナーでの発見がしにくい、音の波形からどの艦種か判断できない(過去のデータが生かせない)ということになります。
この事件を参考に考えてみます。ディーゼル艦であれば、ディーゼルエンジンが運転している際の振動が艦体に伝わり難くすることができれば、潜水艦が発見されにくくなります。エンジンを運転するのは、バッテリーに充電するときがメインで、航行する際はバッテリーの電気を使いモーターを駆動させてスクリューを回転させます。エンジンを運転させるときが、潜水時に潜水艦が一番発見されやすいときになります。それだけエンジンの振動が深刻な問題なのです。
ブリヂストンが持つ技術を適用する場合、2つの事が考えられます。
新造艦や大幅改修をする場合、エンジンとエンジンマウントというシステム設計を見直す機会になります。そこで、システム設計技術の出番になります。エンジンマウントの配置や特性を変えるだけで、元々の振動レベルが酷い場合は何十分の一(あるいは何百分の一)という加速度まで下げることが可能です。ただし、これには改修の場合なら早くて半年で、新規であれば年単位レベルの長期のスパンが必要でしょう。
小規模改修の場合に効いてくるのがアクティブマウント技術になります。マウントサイズが大きくなるために、既存のエンジンマウントの周辺スペースが必要になりますが、スペースさえ作れれば(既にあれば)比較的簡単にアクティブマウントに交換することが可能です。こちらは週単位レベルのスパン、既存部品が流用できるなどの条件が揃えば1~2週間レベルでの対応が可能になります。アクティブマウント技術は先に述べましたようにノイズキャンセリング技術に似た技術ですので、ノイズキャンセルのオン・オフでどれだけ影響があるか体験したことがあれば、その深刻さを想像できると思います。勿論、搭載する電磁アクチュエータのサイズで効果は決まってしまうのでノイズキャンセル程劇的に効果しませんが、それでも何dB(デシベル)も振動が下がることは変わりありません。軍事レベルで言えば、費用対効果が抜群なアイテムなのです。
原子力潜水艦の場合は、エンジンという物は存在しませんが発電の為のタービンを回すことで発生する振動は存在すると思います。原子力の場合、エンジンの様に手軽にオン・オフはできず、常時運転する必要があるだけに発電機による振動は常に発生しています。この振動を低減することは正に潜水艦の生死に直結するであろうことは想像できます。

インホイールモーター技術

こちらは電気自動車そのものの技術なので、想像力を働かせる必要があります。現時点で電気駆動型の装甲車は存在しません。エンジン駆動の装甲車を電気自動車に変更するには大変ですし、重量が大きくなる点やリチウムイオン電池の発火性、電気の補給や航続距離などを考えると現在の電気自動車の技術では好ましくありません。
ですがもう少し考えてみます。ロシアのウクライナ侵攻により、トルコ製のバイラクタルTB2が戦果を挙げたことによりドローンが一躍有名になりました。以前より中国はドローンに対しては力を入れているのは御存じの方も多いのでは無いでしょうか。市販のドローンは中国製が多いですよね。
そこで考えられるのが4輪ドローンです。愛知万博でトヨタの一人乗りの電気自動車の映像を見たことがあれば分かりやすいのですが、インホイールモーターは各輪を個別に制御できます。戦車や重機はキャタピラの回転を左右逆にすることで、その場で旋回することができます。同様にタイヤの切れ角とタイヤの回転を左右反転することで、インホイールモータータイプの電気自動車はその場で旋回することができます。非常に小回りの利く地上型ドローンを作ることができるわけです。
更に、ブリヂストンが参加していた研究は非接触での充電ができるので充電用のプレートに戻ってくれば充電できるということになります。地上用自律型ドローンとしては、これらの技術は非常に有用になります。リチウムイオン電池の発火性についても、無人機であれば問題になりません。寧ろ、必要に応じて発火させれば攻撃に用いることが可能です。

(続く)オープン・ソースから考える中国のサイレント・インベージョン ~ブリヂストン防振ゴム事業売却を考える(その3)|髙山彦行|note

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