#39 ギャミラサ

金曜日の朝、駅構内の書店。駅構内にしては、大規模な書店。そんな書店のスポーツ雑誌コーナーが僕のお気に入り。

「すいません。お願いします。」

『ありがとうございます。880円になります。120円のお釣りになります。いつもありがとうございます。』


名札には『大矢真琴』とある。彼女は毎週金曜日に必ずレジにいる。といっても、僕が金曜日にしか来ないから、他の曜日にもいるのかもしれない。笑顔が素敵な人で、僕がここによく来ることを覚えてくれていた。


「こちらこそです。ありがとうございます。」

『これからお仕事ですか?』

「そうです!いつも金曜日だけ出勤時間がちょっと遅いので、この店に寄ってから電車に乗るんです。」

『そうなんですね。私、金曜日だけ朝から出勤なんです。』

「そうだったんだ…!なんか嬉しいな。これからも金曜日のこの時間に来ますね。あっ、僕、宮田亮って言います。」

『宮田さん!ありがとうございます…!またお願いします!』


それからというもの、僕は本を買いに来る、というよりも、真琴さんに会うことが主な目的になってしまったが、毎週金曜日にこの書店に 通うことを続けた。

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『100円のお返しです。ありがとうございました!』

「おはようございます。お願いします。」

『あ!亮さん。おはようございます!これは…料理本…ですか…?』

「…ああ、はい。ギャミラサの本です。」

『ギャミラサ…?』

「…ああ、はい、これはスリランカの家庭料理です。海外の料理を家で作るのにハマってて、作ってみたいなーって。」

『へー、亮さん、料理得意なんですね!亮さんの手料理、食べてみたい。』

「えっ…。じゃあ今度…うちに食べに来ます…?」

『いいんですか…?』

「…えっ…?ああ…いや…真琴さんがいいなら…。」

『やったー!決まり!』

「あはは…。弱ったな…。また連絡しますね…!」


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 あれからしばらくして、真琴さんは僕の家にやってきた。僕が作るギャミラサを食べに。


‘‘ピンポーン’’


「はーい」

『大矢です!』

「真琴さん!どうぞ入ってください!」

『お邪魔しまーす!』

「いやあ、久しぶりのお客さんなんで緊張しますよー。」

『亮さんの手料理、楽しみだなあ…。私になにか手伝えることありますか…?』

「いやいや、真琴さんは座っててください!テレビでも見てていいですよ!あ、雑誌にしますか…?」

『あ…。いや…。せっかくだからお手伝いしたいなーって…』

「ああ、いや、すいません…。それなら、真琴さんとこで買ったこのギャミラサの本を読みながら作るんで、調味料とかやってもらおうかな。」

『わかりました!えっと…。ターメリックと…クミンと…コリアンダーと…。あっ…えっ…あっ…あああああ!!!』


突然、本が光り出した。真琴さんが光に吸い込まれていく。僕は慌てて真琴さんの手を掴んだ。


「真琴さんっ!?待って!真琴さんっ!あっ…あああああ!!!」

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一体何が起きたのだろうか。気づいたら、僕と真琴さんは小さなレストランの前にいた。薄暗くて、少し古めかしい、不思議なレストランだった。

「ま、真琴さん…?大丈夫ですか…?」

『ああ…。ええ…。ここは一体…?』

「何が何だかさっぱりわかりませんが…ここはどうやら…。レストランのようです…。」

『レストラン…?夢でもみてるのかな…?』


何が起こっているのかわからず慌てていると、レストランから店主らしき老人がひょっこりと顔を出し、笑顔でこちらに話しかけてきた。

【これはこれは!ようこそいらっしゃいました!私、『本の中のレストラン』の店主、ハリモトと申します。】

「は、はあ…。ほ、『本の中のレストラン』ですか…。真琴さん、やっぱり僕…夢でも見てるのかも…。」

『ほっぺたつねってみたけど…。夢じゃなさそうなんですよね…。』

【…当店のギャミラサは格別ですぞ!ぜひご堪能ください!】

『ギャミラサ…?そうだ!亮さん、私たちはギャミラサの本を読んでた時に…。』

「そ、そうだった!突然本が光り出して、僕たちが吸い込まれていって…。」

【…よくぞ、ここに辿り着いてくださいました。先ほども申し上げたように、ここは、『本の中のレストラン』でございます。夢なんかではございませんよ…!】

『亮さん、何が何だかさっぱりわからないけど、私、このお店に入ってみたい。』

「ええ!?ま、まあ…。そうですね…。とりあえず、入ってみますか…。」

【ありがとうございます!ご案内いたします。ささ、どうぞこちらへ…。】


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小さな店内には、小さな丸いテーブルがひとつ。周りを見渡しても、何もない。あるのはただ、小さな丸いテーブル、ただひとつだ。


「ここは一体なんなんだ…。」

【何度も申しあげますように、ここは『本の中のレストラン』でございます。】

「いや、それはわかってるんですけど…」

『今日のお客さんは私たちだけですか…?』

【もちろんですとも。本の中のレストランは、本を手に取った人にしか訪れる権利が与えられないのです。今回はあなたたちが手に取ってくれた。ただ、それだけです。】

「は、はあ…。全く理解ができないな…。」

【まあまあ。とにかく、料理をお持ちします。当店はギャミラサ一本でやっております。】

「ギャミラサ一本…。珍しいお店ですね…。」

『とっても楽しみです!お願いします!』


真琴さんは状況を飲み込んだようだ。僕はまだ飲み込めていない。数分後、ハリモトさんは僕たちの元にギャミラサを2皿運んできてくれた。


【大変お待たせ致しました。ギャミラサです。】

『わあ!美味しそう!初めて食べるなあ…いただきます!………んん!美味しい!辛いし…酸っぱいし…甘いし…不思議な味がします!とっても美味しい!』


真琴さんは笑顔だった。美味しそうにギャミラサを頬張る真琴さんはとても可愛らしかった。


「………んん!これは!美味しいです!今まで食べたことない味がします!不思議だなあ…。いろんな風味が口いっぱいに広がる…。不思議だ…。」


口いっぱいにギャミラサを感じていた僕がふと顔を上げると、真琴さんの頭の上に、楽しそうに料理をする僕と真琴さんが、走馬灯のように浮かび上がってきた。二人とも、薬指には指輪をしていた。

「…真琴さんっ!頭、頭の上に…。」

『頭の上…?どうかしたんですか?』

「あ…。いや…。なんでもないです…。」

『気になるじゃないですかー!まあいいや、お手洗いに行ってきます。』

「はあ…。疲れてるな…。俺…。」

【料理は楽しんでいただけてますでしょうか…?】

「は、はい…。とっても美味しかったです…。」

【あなたにはどんな未来が見えましたか…?】

「…未来…ですか…?」

【ああ、お伝えするのを忘れておりました。この店のギャミラサを食べると、食べた人が思いを寄せている人との未来が読めるんです。本を読み進めるのと同じようにね。】

「未来が読める…。僕は真琴さんと楽しそうに料理をしていました…。薬指に指輪を…。」

【それがあなたたちの未来ですぞ。順調にいけば、あなたが見た未来の通りになります。反対に、未来は変えられる、つまり、思い通りにいかないこともありますぞ。すべては自分次第です。】

「は、はあ…。指輪、かあ…。真琴さん…。」

『戻りましたー!…呼びましたか…?』

「あっ…。いや…。なんでもないです…。」

『だからー!気になるじゃん!』

「いや…。ほんとになんでもないから…。」

『へー。まあいいや。』

【どうでしたか…?当店のギャミラサは…?】

『とっても美味しかったです!また来たい!』

「美味しかったです。今まで食べたことのない新しい味でした。」

【ご満足いただけたようでなによりです。またのご来店をお待ちしておりますぞ…!】

「すいません…。お手洗い…お借りしてもいいですか…?」

【もちろんですとも。】


スリランカの家庭料理、ギャミラサ。不思議な料理を食べて満足した僕は、お手洗いを出た瞬間、目の前が真っ白になった。


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「あ、あれ…?家だ。家…?真琴さん…?ハリモトさん…?あれ…?ギャミラサを食べてからお手洗いに行って…何やってたんだっけ…。」


僕はいつの間にか家にいた。スマホを見ると、『匿名』というユーザー名の人から、『未来は自分次第で変えられる。自分次第ですぞ。』とメッセージが来ていた。


『亮くん!起きてるー?仕事に遅れちゃうよ?』

「真琴さんだ……えっ…?真琴さん!?真琴さんですか!?」

『なんで敬語なのよ!ほらはやく準備して!』

「ああ…はい…。」

『忘れ物はない?』

「ああ…うん…。」

『今日の晩ご飯はビリヤニだよ!インド料理なんだー!』

「ビリヤニ…?あはは、楽しみだな。真琴、ありがとう。行ってきます。」

『ん?今日なんか変ね。まあいいや。行ってらっしゃい!』


僕は匿名さんに『ありがとうございます。芯を持って生きていきます。』と返信し、仕事に向かった。

「未来、かあ…。俺、真琴って呼んじゃったなあ…。」

END


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