【大宜津比売】 
　大宜津比売「オオゲツヒメ」は、イザナギとイザナミの13番目の子供として生まれました。イザナギとイザナミは、八百万の神々の親だとされています。オオゲツヒメの「ゲ」は「食物」のことです。そのため、食べ物を司る神であり、特に穀物の女神だとされています。オオゲツヒメは、同じ食べ物の神である宇迦之御魂「稲荷神」や、豊宇気毘売神と同一視されることもあります。ちなみに、宇迦之御魂「うかのみたまのかみ」と豊宇気毘売神「トヨウケビメノカミ」の「ウカ」や「ウケ」も食物という意味です。オオゲツヒメには、五穀豊穣のご利益があるとされています。祀られている神社は、徳島県にある「上一宮大粟神社」や「阿波井神社」などです。

【五穀の誕生】 
　オオゲツヒメの弟には、スサノオがいます。スサノオは、高天原「天上世界」で暴れた罪で、地上へ追放されました。その時、飢えていたスサノオに、快く食事を提供してくれたのが、オオゲツヒメだったとされています。スサノオは、オオゲツヒメが、どこから食事を出したのか不思議に思い、食事の準備の様子を覗いてみました。するとオオゲツヒメは、自分の体から食物を出していたとされています。スサノオは、汚物を出されたと思い、怒ってオオゲツヒメを滅多斬りにして殺しました。その死体の各部からは、五穀と蚕が生じたとされています。
　その五穀の種子を回収したのが、神産巣日神です。神産巣日神「カミムスビ」は、それらの種子を国中に広めました。それが、五穀の起源になったとされています。神産巣日神の子供が少彦名命です。少彦名命「スクナビコナ」は、大国主の国作りに協力したとされています。

【死と再生】 
　オオゲツヒメは、古事記にしか登場しません。日本書記で、その役割を担うのは保食神です。保食神「うけもちのかみ」は「米」 「魚」「獣」などを口から吐き出し、月読命「ツクヨミ」に提供したとされています。それを汚らしいことだとして、月読命は、保食神を斬り殺しました。月読命は、死と月の神だされています。その姉は、生命を司る太陽神「天照大神」です。天照大神は、月読命の行為に怒って、もう会いたくないと言いました。それが昼と夜が、別々になった理由だとされています。
　オオゲツヒメは、死から生命を産み出す大地母神です。その原型は「土偶」や「土器」ではないかとされています。そもそも、土偶とは、作っては壊す「殺す」ものでした。壊す行為は、死んでは蘇る植物を再現した儀式だったとされています。土器は、料理に使うものです。そこからは、食物が出てきます。その様子が、体から食べ物を出す、オオゲツヒメにたとえられました。

【ハイヌウェレ型神話】 
　死体から食べ物が出てくる神話を「ハイヌウェレ型神話」と言います。オオゲツヒメの神話は、その典型でした。ハイヌウェレ型神話とは、インドネシアのウェマーレ族に伝わる尻から宝物を排出することが出来るハイヌウェレという少女の話です。村人は、それを気味悪がり、彼女を殺して生き埋めにしましたが、父親が、その死体を掘り返し、細かく切り刻んで、大地に撒きました。それが、タロイモとなり、人々の主食になったとされています。つまり、少女の死体が作物となりました。
　こうしたバラバラにして、地中に埋めたものが、再生して食料になるという「食物起源神話」は、世界各地に見られます。農耕という行為は、植物の死体から種を取り出して、それを植えて育てることです。そもそも、食べることは、他の生き物の命をいただくことでもあります。生き物は、そうやって命をつないできました。ハイヌウェレ型神話は、そうした命の循環を表現した神話だとされています。