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昔も、今も、(たぶん)未来も。“コミュニケーション”こそが、最高のエンタメであり続ける。

こんにちは。himalaya公式note編集部の佐藤です。

首都圏などでは緊急事態宣言が続いており、「himalaya」を運営するシマラヤジャパン株式会社もフルリモートワークが継続しております。

通勤しなくてよいのでメリットも大きいですが、社内のメンバーとのコミュニケーションで苦心することもしばしばあり、良し悪しだなあと感じています。

今回のエントリーは、そんな(…といっても、さほど関連性はないですが)コミュニケーションにまつわる話をしていきます。

あんなに楽しかったRPGが楽しくなくなってしまった。

いきなり本題から関係なさそうな話で恐縮なのですが、私が小中学生の頃、同世代の間で爆発的に流行していたのが、『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』に代表される、RPG(ロールプレイングゲーム)です。

とくに、『ファイナルファンタジー6』や『ロマンシング・サガ2』などは大好きで何度もプレイしましたね……(遠い目)。

そんな“ど真ん中”のRPGを通ってきた私でしたが、大人になってからプレイした『ファイナルファンタジー9』や『10(X)』、『ドラゴンクエスト8』などは、じつはあまり面白いと感じませんでした。

大好きなシリーズなのに、子供の頃と比べると圧倒的に楽しめなくなっていたのです。しかも奇妙だったのは、「今回の『FF』『ドラクエ』はイマイチだったな……」と自分は思っているにも関わらず、世間ではこれらの作品の評価が軒並み高かったことです(これが感性のズレというヤツなのか……?)。

導かれし者たち……

とはいえ「もうRPGを楽しむ年齢でもないのかも」くらいに思い、大して気にとめていなかったのですが、そんな日々を過ごしていたある日のこと。

当時担当していたラジオ番組の打ち合わせのとき、ふと『ドラクエ』の話になり、その流れで番組の構成作家が、私(佐藤)と当時担当していた女性アナウンサーの方と合わせて3人で、みんなで同時に『ドラクエ』をやらないか、という話を持ちかけてきたのです。

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で、みんなで始めることになったのがPS版の『ドラゴンクエスト4』(PSのソフトはPS2と互換性がありました)です。私はファミコン版の『4』は、友人の家でプレイしているのを見ていたくらいで自分ではちゃんとプレイしておらず、やってみたいとは思っていたので「いいですね!」と即答をしました。

翌週までにソフトを買って始めよう、ということで私たち3人の『ドラクエ4』が始まりました。私は、その打ち合わせの翌日に『ドラクエ4』をゲットしすぐにプレイを始めました。

* * *

そして翌週の生放送前。作家・アナウンサー・私の3人が集まるやいなや、「買った?」「買った、買った!」「どこまで行った?」「レベルいくつ?」なんていう会話が始まります。かれこれ10年間近くもすることのなかった会話です。

それから毎週顔を合わせるたびに3人で話すのは『ドラクエ4』の話ばかり。「もう4章?」「船手に入れた?」「エスターク強いっすよね」みたいな、おなじみのやつです。大人になっても、話す内容は子供の頃とまったく変わりません。

みんなで『ドラクエ』の話をして、「うわ、俺だけ遅れてる……」と思って、翌週こそは2人にドヤるために、帰ってゲームを頑張る――このループです。

ゲームが楽しい本当の理由は、「ゲームが楽しいから」じゃないかもしれない。

2ヶ月弱くらいで全員がクリアまで行って、この企画(?)は終わりました。じつはこの短いゲーム体験は、子供の頃に匹敵するほど、めちゃくちゃ楽しいものでした。私は本当に久しぶりに、心からRPGを楽しめたのです。

もちろん、『ドラゴンクエスト4』という名作が持つ力も多分にあったと思います。しかし重要なことは、私のゲームをする目的がゲームの中(つまりゲームクリア)だけになかった、ということです。

『ファイナルファンタジーX』や『ドラゴンクエスト8』で感じることのできなかったおもしろさを、どうして『ドラゴンクエスト4』では感じることができたのか。

その理由は、プレイしながら薄々気がついていました。

そうです。私は明らかに、友だち(作家さん、アナウンサーさん)と、『ドラクエ』の話をするために『ドラクエ』をしていたのです。

そりゃあ、大人になって1人でやるRPGなど、おもしろさで比較になるわけがなかったのです。

* * *

この体験をとおして私が感じたのは、ゲームの本質的なおもしろさは、ゲームの外にも存在しているのかもしれない、ということです。具体的に言うならば、ゲームを中心に発生するコミュニケーションです。

もちろん、これはゲームに限った話ではなく、さまざまな趣味やコンテンツにも言えるかもしれません。私たちは、趣味自体を楽しむだけでなく、そこから生まれるコミュニケーションにも「楽しさ」を期待しているし、場合によってはコミュニケーションのほうこそ大事だと思っている人もたくさんいるかもしれない、ということに、一連の『ドラクエ』体験をとおして気が付くことができたのです。

やっぱり、コミュニケーションは最高のエンタメである。

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音声SNS「clubhouse(クラブハウス)」が大流行しています。さまざまなエンターテインメントが存在する中、音声のみのチャットルームサービスは、究極的には「人と人との会話(あるいはそれを聴く)」でしかなく一見地味なようにも感じます。

にもかかわらず、これだけ多くの人の心を掴んだというのは、いかに”そこでしか生まれないコミュニケーション”に価値があり、ニーズがあるかを示しています。

一方で、私自身が実感したように、人と人とのコミュニケーションが介在しないコンテンツは思いのほか味気ないものです。自分以外に世界に1人も持っていない趣味を、たった1人で楽しみ続けるのは簡単ではないでしょう。逆に言えば、趣味は他人と共有することこそが楽しいのである、ということでもあります。

その意味で「コミュニケーション」は遥か大昔から最高のエンターテインメントであったはずで、今も、そしてこれからも他に代替し難いエンターテインメントであり続けるはずです。

古くて新しい、音声のコミュニケーション

私たちが運営する「himalaya」は、音声で人と人をつなぐコミュニケーションメディアです。

音声コンテンツは、しばしば「ビジュアルがないことが欠点である」と指摘されることがあります。しかし、顔が見えないからこそ加速するコミュニケーションも確かに存在します

テキストコンテンツよりも発信者のパーソナリティや感情の機微が色濃く表れ、動画コンテンツよりも匿名性が高い音声コンテンツは、“ちょうどいい距離感”でコミュニケーションを促進します

ラジオがそうであったように、これからの音声コンテンツも一方的な発信を主とするメディアではありません。私たちの「himalaya」もコミュニケーションのきっかけを生み、促す場として、さらに快適にこのエンタメを楽しんでいただけるよう、サービスを磨いていきたいと思っております。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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