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いかんといて(創作童話)

 セミが大合唱しているのに、遠くででカミナリが鳴るという、
変な天気でした。
あかねちゃんのママは、朝から台所とお仏壇のある部屋を行ったり来たり
忙しそうにしています。
「ん?これは何する物やろ?おかあちゃん、どこかにメモとか
残してくれてないのン?」
仏壇の引き出しを覗きながら、ひとりごとを言ったり、
大きなため息をついたりしています。
「ママ、どうしたの?」 
 あかねちゃんが部屋に入ってきました。
「おばあちゃんの初盆なのに、何をすればいいのかわからないのよ。
 困ったわ」
「おばあちゃんに聞けば?」
「それができたら嬉しいけど、亡くなった人とはお話はできないからねえ」
ママは寂しそうに言いました。
「でも、おばあちゃんはお仏壇の中のおじいちゃんと
いつもお話していたよ。ねえ、おばあちゃん」
 お仏壇の前にあるおばあちゃんの写真は、笑っているだけです。
そのとき、突然イナビカリがして、ドン!と近くでカミナリが
落ちたような音がしました。
「きゃー、怖い」
あかねちゃんは、思わず目をつむってママにしがみつきました。
「大丈夫よ。カミナリさんは家の中までは入ってこないからね」
その言葉で安心したあかねちゃんは、こわごわ目をあけました。
そして悲鳴に近い声をあげました。
「わわわっ、おばあちゃんっ」
「ほんまに、カミナリさんになってでもいいから、落ちてきてほしいわ」
「だから、おばあちゃんだって」
 あかねちゃんは、ママの後ろを指さしていいました。
「ほんまにおばあちゃんに会いたいわ~」
 ママがつぶやくように言いました。
「だから、おばあちゃんだって・・・」
 ママの体を揺らして、しつこくいうので、
 ママは笑いながら指さす方を見ました。
「キャーッ、お、おかあちゃん!」
 ママも悲鳴に近い声をあげて、そっくりかえりました。
「なんやのん? 親の顔をみて、そないびっくりすることないやろ。
 失礼やわ」
 懐かしいおばあちゃんの声です。
「ほんまにおかあちゃん? どないしたん?
 あー、おかあちゃん、お盆の日を間違ったんでしょ。
 相変わらずあわてもんやねえ」
と、ママはおばあちゃんを指さして笑いました。
「だれがあわてもんよ。あんたの為にわざわざ帰ってきてあげたのに」
「おかあちゃん、人のせいにする癖、直ってないわね」
「ほんまの事やがな。あんたは仕事を言い訳にして、
 今までお盆の用意を手伝ったことがなかったやろ。
 今年こそ、ちゃんと教えておこうと思った矢先に、
 こんなことになってしもうて。こんなええ加減なお迎えの用意では、
 ご先祖様が迷子になりはるわ」
「そうかて、さっさとあの世に行ってしもうた、おかあちゃんが悪いんや」
「いや、わては被害者で悪いんはおとうちゃんやがな」
「ほら。またまた人のせいにする」
「いや、ほんまやねんて。お父ちゃんったら、あわててあの世に行っただけでも十分あわてもんやのに、今度はあの世のカレンダーを見間違えはって
私を迎えに来はったんやがな。おかげで私も予定がえらい狂うてしもうて」
「そういえば、お父ちゃんもせっかちやったね。やっぱり似た者夫婦やな。あははは」
「ほっといてよ」
おばあちゃんは、ママの肩をつつきました。
「ま、お陰で十年早くおとうちゃんに会うことが出来て良かったけどね。
そやそや。そんなこと言うてる場合やなかったわ。お盆の準備のこと、何も教えてなかったんは、私の責任やさかい、無理をいうてちょっと早く帰らせてもらったんよ」
 あかねちゃんは、もうがまんできないというように、ママとおばあちゃんの間に割って入りました。
「まあまあ、あかねちゃん。おおきゅうなったな。それにえらい可愛くなって。学校はたのしいか?お友達は沢山できたか?」
 そういいながら、両手であかねちゃんのほっぺを挟んで、
 くにゅくにゅとしました。
「おかあちゃん、太ったんとちがう?」
 横からママが言いました。
「そうやねん、あっちの世界はな、ええ人ばかりで、けんかする相手がいないんよ。ストレス太りでパンパンやわ」
「おかあちゃん、前からパンパンだったじゃないの」
 ママはおばあちゃんの、おなかの肉をつまみました。
「あんたかて、おかあちゃんがおらんようになって、たくましくなって」
「失礼やわ。体重は変わってません」
 おばあちゃんをにらんだママの目は、笑っていました。
「おばあちゃん、もうどこもいかんといて」  
 あかねちゃんは、かすかに線香の匂いがする、おばあちゃんの背中に
抱きついて言いました。
「あかねちゃん、おおきに。おばあちゃんもそうしたいねんけどな、
 今日中に戻る約束やねん。あの世っていうのんは約束を守らん人には、
 怖いところでな。地獄に落とされてしまうんよ」
 おばあちゃんは、後ろから首に回した茜ちゃんの手を握って、
 ゆっくり体をゆらしました。
「そうそ、今年、買い足そうと思っていた物があるんよ。そこの数珠入れの袋の中にメモが入っているはずや。それ持ってすぐに買って来て」
 ママはおばあちゃんにせかされて、メモを財布に入れると、あわてて飛び出して行きました。
 ママが出かけたあとも、おばあちゃんは仏壇の前で、ちょうちんを置き換えたり、野菜を置き直したりしていました。



一時間後、ママが大きな袋を抱えて帰ってきました。
「はいはい、ご苦労さん。これで準備は終わりや。間に合ってよかったわ。   
 やれやれ」
 おばあちゃんはホッとしたように、仏壇の前にペタンと座りました。
 ママは汗もふかずに、真剣な顔でメモをとっています。
 あかねちゃんは、二人に氷をいれた麦茶を入れてあげました。
 ママはゴクゴクと一気に飲んでしまいました。おばあちゃんは元気だった
 頃と同じように、目を細めて少しづつ味わって飲んでいます。
「おばあちゃん、このブタ可愛いね」
 あかねちゃんは、なすに細い竹をさした物を取り出して、畳の上を
 ピョコピョコ歩かせました。
「あ、あかねちゃん、それは遊ぶもんと違うんよ。これはブタやなくて牛さ んや。おばあちゃんは、この牛さんに乗せてもろうて、あの世に帰るんよ」
「えー、それって、ご先祖様のおもちゃじゃないの?」
 メモを取っていたママが、目をクリクリさせて言いました。
「もうあんたって子は。地方によって違うらしいんやけど、このあたりでは、あの世からきゅうりの馬でピューンと帰ってきて、なすの牛でゆっくり帰るんよ。とにかく、ここにあるもんはみんな意味のある大事なもんやから、これからも手抜きせんとちゃんと作るんでっせ」
 おばあちゃんは言い忘れたことはないかと、ママがメモしたノートを、
 のぞき込みました。そして残りの麦茶を、おいしそうに飲み干しました。
「ほな、帰るわ。気ぜわしいことでごめんやで。来年はゆっくりさせてもらうからね。あかねちゃん、元気でな。パパにもよろしゆうにね」
 おばあちゃんは、あかねちゃんとママの手を重ね、自分の手で包み込み、 二人の顔を交互に見つめま、うんうんと力強く首をふりました。
 そしてゆっくり手を離し仏壇の方に振り向きました。
「あれ~っ、ないがな~」
 おばあちゃんが、声を裏返して叫ぶように言いました。
「けったいな声だして、どないしたん。何がないのよ」
「牛がおらへん。あれに乗せてもらわんと戻られへんがな。今日中に戻らんと、わては地獄に落とされてしまう・・・」
 オロオロするおばあちゃんを見て、あかねちゃんは青くなって
泣き出しました。
「おばあちゃん、地獄に行ったらいやや。ごめんなさい。ずっといて欲しかったから、あかねが隠したの」
 そういうと、ポケットからナスの牛を取り出しました。
「そっか、そっか。おばあちゃんはな、いっつもあの世から、あかねちゃんやママのことを、見守っているからね」
 おばあちゃんは、あかねちゃんを引き寄せて、きつくきつく抱きしめました。ママもさっきから涙と鼻水がとまらないようで、ズルズルと鼻をすすっています。
「さあ、二人とも涙をふいて。しっかりご先祖様のお世話をたのみますで」
「おかあちゃん、ありがとう」
 おばあちゃんは二人に背をむけたまま、何度も何度もうなずきました。
 玄関に出るとママは、買ってきたばかりのオガラをポキポキと折って、皿の上に山盛りに乗せました。そして、震える手で火をつけました。おばあちゃんだけの、ちょっと早い送り火です。最初は細い煙だったのが、モクモクと煙が広がって、三人はミルク色の煙に包まれました。煙が目に入って、目がしょぼしょぼしました。
「ゴホッ、ゴホッ。もう、もうあんたって子は。
オガラは少しずつたくもんですがな」
 おばあちゃんは、何度も咳き込んで、目に涙をためて怒っています。
ペロっと舌を出したママは、なんだか嬉しそうでした。
おばあちゃんに、もう一度叱って欲しかったのかもしれません。
 あたりの煙が薄れ始めたとき、もうおばあちゃんの姿は
ありませんでした。 
「おかあちゃん、行ってしもうたんやね。
来年はちゃんとお迎えするからね・・・」
 ママはそっと手を合わせました。 
「おばあちゃんが、今日中に天国に戻れますように・・・」
 あかねちゃんも、空を見上げて手を合わせて祈りました。
 道しるべのような星が、空いっぱいに輝いていました。

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