逃げてきた

マルデック星の記憶を見に行く。

そう意図して目を閉じる。大きく深呼吸して、その記憶と繋がる。

足元は砂。赤茶けた砂。真っ青な空。
走っている。砂に足をとられながらも。
乾いている。喉が、ひどく乾いている。体も。心も。
転んで、砂の大地に両手両膝をつき、激しく口で呼吸する。
苦しい。
立ち上がれない。
背中が痛い。もがれたか、折られたか、きっと翼の生えているべき場所。
足元は裸足。真っ白な服。ヘッドギア、視界を遮るアイマスク。たくさん繋がった白いコード。
…逃げて来た。施設の中には同じような様子の仲間もたくさんいたのに、ひとりで逃げてきた。
悲しくて、涙が止まらない。乾いているのに、涙だけが目の前の砂に落ちては消えていく。

私は逃げてきた。
私は鏡。向き合う相手は、その鏡を覗いて、本当に見たいものを見る。自分の欲望を増幅させたり、納得させたり。
私はその相手の意識が、自分の意識と混ざり合って、自分と他者が曖昧で、自分が逃げようと思ったのか、逃げたいと思っていた仲間たちの意思で逃げてきたのか、ただ、ひとりでそこにいた。

…落ち着いて、そこに腰を下ろした。

ひとつ、大きく呼吸する。

私は自分の意思で逃げてきた。と気がついた。

「自分」を取り戻したかった。何が「本当の自分」なのか、思い出したかった。

天を仰いで、泣き叫んだ。
白く輝く太陽が眩しかった。

黒い翼がみえたと思った刹那、視界が暗くなった。ひんやりとした感覚が全身を包み、目を閉じた。

……そして「自分」を取り戻す必要はなくなった。


私は、この記憶を引っ張り出すまで(正確にはここに書き記すまで)自分は、現実世界で、「目の前の状況から目を背けるために何度も逃げ出した。逃げグセかついている」と、思っていて、「本当は、きちんと逃げずに向き合うべきで、それにはどうすべきだったのか?」と思ってました。
しかし、私が逃げた理由がこの記憶につながるのなら、全く、対処の方法が違うはず。

…深い。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?