ヒメカミ日記〜名作曲家とは〜

これは以前、先代と話した記憶。

昨日の事のように覚えている。


音楽家には大きく2つの方向性がある、と。

1つは演奏に特化したプレイヤー。

譜面の通り、寸分も狂わずに見事に演奏を成し遂げる。

+α、かっこいいアドリブなども出来てしまう!

それなりに訓練、練習、努力を積み重ねたある種「才能」を持ち合わせているのだと思う。


もう1つはコンポーザータイプ、いわゆる「作曲家」。

作曲家は曲を作れるのだが、演奏が下手だったりする。

というか、下手だ。

自分で作った曲なのに、自分で演奏すると下手なのである。

演奏者には細かく譜面を書き、指示したりするのに。

先代の言葉を借りるとしたら、「僕は曲を作って上手に演奏したいが、苗字がスターでも演奏はスターになれなかったのである」と書くだろう。

先代と一緒に演奏をしていた頃、「よく緊張しないで弾けるな、すごいな」と褒めてもらった事が一度だけある。

僕は知っている。

先代がどんなに沢山のステージを積み重ね、日本全国〜世界で演奏した実績があっても。

最初の1曲目、最初の1音目。

これは演奏者なら分かると思うが、誰もが緊張する初めの一歩、出だしの音。

実際僕も緊張する。

この最初の出だしの音によって、コンサートの流れやパフォーマンスが変わる!と言っても過言ではないと思う。

そして先代の手、指は、どんなコンサートでも、どんな場所でも。

1曲目の1音めは時々、震えていたのを僕は知っていた。

お酒が足りない、とか、歳取ったから、ではない。

あの先代が緊張してコンサートに臨んでいたのだ。


またしても話が脱線した。

先代は山口太鼓の会・会長・佐々木清さんを「名作曲家」と絶賛していた。

太鼓は小太鼓、大太鼓、桶太鼓、扇太鼓やフチや金など叩く場所によって音が変化するが、鍵盤のように音階がある、という訳ではない。

太鼓だけで「宮古ばやし」という名曲を作った清さんは凄い!名作曲家だ!といつも褒め称えていた。

2014年の上海公演、6名で演奏した「宮古ばやし」。

本来は、

山口太鼓の会、大人数で演奏する「宮古ばやし」。

何度観ても、何度ステージで一緒でも、この「宮古ばやし」は先代が名曲!佐々木清さんは名作曲家!と褒め称えていた事が分かる。


余談だが、ポニーキャニオンさんから姫神の過去のアルバムを「星吉昭名曲大全集」というタイトルでリリースされた事がある。

先代の訃報ニュースの際「名作曲家の〜」と流れる。


宮沢賢治さんも同様である。

賢治さんの弟・清六さんに先代は「イーハトーヴォ日高見」の制作時、実際にお会いしている。

賢治さんに頼まれ、清六さんは東京の出版社へ「銀河鉄道」などの作品を持っていくが、まったく相手にされなかった。

賢治さんが亡くなり、空襲で街が焼け野原の中、清六さんは必死に原稿を持って逃げた。

時が経過し、時代が変わり、賢治さんの作品は誰もが知る大きな世界観がある。

しかし、賢治さんはその事を知らぬまま、分からぬまま。


僕が名作曲家として尊敬していたのはシンガー・ソング・ライターのORIGAさん。

譜面でソロ・パートにコーラスを入れたり、コーラス部分をまったく違うソロを入れてきたり。

でも、それが、またかっこいい!

作品が素晴らしくなる。

どんどん制作していく過程で、作品は変化、変貌を遂げていく。


色んな事を書きすぎてしまった。

要するに

「佐々木清さんは名作曲家」

「先代は名作曲家」

「ORIGAさんも名作曲家」

と三行で済むところを色々と書いてしまった。

僕もいつの日か、名作曲家!と呼ばれるような作品を作りたい。




自粛期間ではありますが何かしようと思い動いてます、サポートよろしくお願いしますm(_ _)m