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綿菓子うまくできない

中学生のとき、母と出店がたち並ぶ道を一緒に歩いていた。町の夏祭りだったと思う。

出店の一つが、母の知り合いの店だったらしく、彼女は主人と立ち話を始めた。そして去り際に、何の気無しのご挨拶みたいな感じで「娘が何かお手伝いしましょうか」と聞いた。店では綿菓子を300円で売っていた、1人の青年が会計係、小学生が綿菓子を袋に詰めていて、2人の男が綿菓子を巻いている。過不足なくそれぞれに役割が振り当てられ、私の入っていく隙間は全く無いように思えた。

それなのに、店の主人は「手伝ってくれますか!」と顔を輝かせた。嫌な予感がした。主人は祭りで気分も高揚し、正常な判断ができなくなっていたのかもしれない。それか母の好意を無駄にしまいという彼なりの心遣いだった可能性もある。どちらにせよ、迷惑だった。


「じゃあ、終わったら連絡してください」と母は去っていた。残るは、私と綿菓子屋。「それじゃ、何してもらおうか。」と一気に主人は正気に戻ったような真顔で言った。店を見回して、多分彼も私の仕事が無いことをすぐに悟ったに違いない。私も私で、自分から仕事を見つけようなんて気にもならなかった。袋に綿菓子を詰めている小学生が、「一緒にする?」と私に聞いた。彼女だけが、ここで一番まともに見えた。

「あ、じゃあさぁ、店の前でお客さん呼び込んでよ!」と主人の男は言った。「袋詰めは1人でもできるから!」


今頃は家でスイカでも食べていたんだろうな、と思いながら道ゆく人に向かって「綿菓子300円です〜」と叫ぶ。私は本当にムカムカしていたし、誰も私に目を合わせることはなかった。声は、出す度にどんどん小さくなっていた。最後は黙って道に突っ立っていた。私のスイッチは最初から切れていた。無責任に「仕事、あるある!」なんて言った綿菓子屋の主人が憎かった。しかしここまで自分の不愉快をさらけ出す私も、彼に甘えていたのだろう、と今は思う。

店に背中を向けながら、小学生の彼女が楽しそうに会話しているのを聞いた。会計の青年は彼女の兄のようだったし、綿菓子をまく男たちも元からの知り合いのようだった。彼女が明るく笑うと、みんなも笑った。私なんて最初から要らないじゃん、と思った。

「全然聞こえないよ!」と彼に叫ばれた。私は彼のことを見向きもしなかった、主人のことも嫌いだったし、彼も私のことが嫌いだっただろう。そして私の態度が不思議だったと思う。自分の知人が置いていった、なぜか不機嫌な少女。反抗期だったということにしてくれ。


だんだんと人通りは減っていき、私が黙っていても叫んでも綿菓子は売れ、そして祭りは終わった。

母がやってくるのを待つ間、綿菓子を作ってもいいと言われた。そうだ、母はきっと私が綿菓子が巻けると思って店の主人に声をかけたのだ。結局やったのは呼び込みだったけど。

ザラメを入れた円盤は思った以上のスピードで回りだし、コツなんて掴むひまもなく飴わたは私の持っていた割り箸に絡みついた。ベットベトでそれはそれは貧相な綿菓子ができた。
「ああ、割り箸ぼーっと持ってちゃダメだよ」と男たちはいった。

私の次にやった小学生は小ぶりながらもふわふわとした綿菓子を作った。丁寧に真剣に飴わたを一巻き一巻きつむいでいく姿に、彼女も本当は綿菓子が作りたかったんだと知った。出来上がった綿菓子を袋に詰めるんじゃなくて、さ。

「はい、これあげるよ」と 彼女は私に、作った綿菓子を手渡した。
「今日来てくれた、お礼」

彼女には全然敵わないなあと思った。






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