普通の人ってなんなの #呑みながら書きました

あらしろひなこです。最近ではひな姉が定着しております。はじめましての方、いつも仲良くしていただいている方。こんばんは。

呑み書きになると、生き生きとするとの評判のひな姉です。

オシハタからの呑み書き。といってもオシハタ前にちょっと飲んで書いてたんだー。私のSNSはリアル世界と全く離れたところでtwitterもnoteも書いている。きっとリアルの知り合いが私の投稿をみたら、ぜんぜん違うんじゃんって避難じゃなくて批難の雨あられになるし、好き勝手なことかけないよ。Facebookはあるけれど、やっぱ会社の人と学生時代の友達とかで構成されているけれど、今なんて1ヶ月に一回くらいしかみないから、メッセージ来ていても未読スルーしてごめんなさい状態。

けれどSNSは第二の私なので大切な居場所だな。

さて、ここのところの私のビックニュースはなんといっても「キナリ杯の受賞」。しかも、田中泰延をリスペクトした「読みたいことを、書けばいい賞」。私も大好きな本だったし本当に嬉しかったし(@_@。した。あっ顔文字になっちゃった、びっくりした。自分自身におめでとうーーーーって言いたい。こんなに振り切った記事を書いたのは初めてだったな、だいたい、お尻の問題なんて書いたらお嫁にいけないじゃんって、行く予定はないけれど、一応大人の女系と名乗っているのでやっぱりさ、こんなテーマ書いちゃいけないんだよ。でも呼んでじゃなくて読んでたのしいと思ってくれる人がたくさんいて今では書いてよかったと思う。けれど、この先ここまで振り切れるかなと思う。宣伝で張っておく。

先日、感情を磨くコンテンスト、じゃなくて磨け感情解像度のコンテストに投稿したけれど、過去の作品をみると自分の思いだったりをうまく表現できてないなと改めて思ったりした。自分にとって書くこととは自分と向き合うことでもあるだろうし、こうありたい自分の感情なのではないかとも思う。

なんか何を書いているかよくわからないけれどいいか。それが呑み書き。

ところで、普通の人ってなんだろうって思う。自分のことを表現するのに「私、普通ですよ」って時々いうけれど。普通なのかどうかもよくわかってない。まあ一応常識ある生活をしているかなと思うくらいで、だからといって普通なのかはわからない。結局のところ誰かと比較して普通なのかそうでないのかを判断するだけだろうけれど、ついついあっ普通ですなんて言ってしまうわけ。

そして他の人に対して「あなた普通の人よね」とは言うことないけれど、もしも、私が誰かに「普通の人」って言われたら褒め言葉としてはとらないだろうなと思う。反対に「変わっている人」と言われたらちょっとうれしかったりする。私にとっては褒め言葉だ。でもたぶん変わってないと思う。

わからんけど。

あーーでも、他の人に「あなた変わっている人」とはいわないな。私が勝手に他の人の性格を決めつけちゃいけないよね。それに私には言われたくないかもしれないしね。

結局のところ普通にしても変わっているにしても、その基準が明確ではなく、しかもどっちでもいい。普通のあなたや変わっているあなたが良いわけではない。

あなたそのものが大切なんだ。

なんかわけわからなくなったのでここまで。

◆◆