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1.5ドルのコーヒーとドーナツ

2021年のある日、InstagramでTim Hortonの写真を見かけて、ふっと懐かしい思い出が蘇った。

大学1年生の春休み、私はカナダのバンクーバーで語学学校に通っていた。バンクーバーの中心地にある語学学校の帰り道、毎日寄っていた場所がTim Hortonだった。
Tim Hortonはカナダのコーヒーチェーン。物価の高いカナダでもお手頃価格でコーヒーとドーナツが売られていて、アメリカで言うダンキンドーナツ、日本で言うミスドのような立ち位置だろうか。

大学3年生で交換留学をするべく、英語力の向上と海外生活のお試しの意味を込めて4週間の短期留学の地としてバンクーバーに滞在していた。英語圏の留学先として人気のバンクーバーは、地理的に近い中南米はもちろん、アジアからも多くの学生が集まってくる。
真剣に英語を学ぼうとしていた私は、貴重な4週間を無駄にはするまいと日本人のコミュニティには目もくれず、必死で海外から来た友人たちの輪に入ろうとしていた。

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バンクーバーでの生活が半ばを過ぎた頃、選択式の授業で新しいコースを受講してみることにした。”Business English”と題するクラスに足を踏み入れてみると、そこは場違いとも言うべき授業風景が広がっていた。
会話のテンポが早い、そもそも単語が専門的でわからない。今まで私が受講していた他のクラスとは学生の目の色が異なり、誰もが野心的に授業に参加していた。

クラスの雰囲気に圧倒されながらも、願ってもみない学びの場だと直感で感じ取ったのか、毎日その授業に足を運び続けた。3日経つと、最初にいた短期留学生らしき日本人は全員いなくなっていた。クラスの先生は私のことを指して”surviver”と呼んだ。
最初はそもそも発言すらできずに会話についていくことで精一杯だったが、そのうちクラスメートとコミュニケーションを取れるようになり、授業の内容がだんだんとわかるようになっていった。

一日の中で最も頭を使う60分を終えると、いつも足が向かうのはTim Horton。海外にいると、誰かとコミュニケーションを取るだけで頭を使うため、自然と一人の時間を欲するようになる。
ホストファミリーが待つ家に帰る前のひとときを、Tim Hortonで一人コーヒーを飲んで過ごすのが日課になっていた。今日も戦場のようなクラスを乗り切った安堵と、明日はもっと喋れるように復習しないと、という気持ちで熱いコーヒーをちびちびと飲んでいた。

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そのクラスで発言すると、出欠表の名前の横に正の字(欧米版)が書き足されていく。最初は自分の名前の横に数本しかなかった棒が、最終週のある日に過去最高記録を達成していた。その日一番発言が多い人の名前につけられる手書きの王冠が、誇らしく輝いていた。

4週間の短期留学が終わりを迎える最終日に、クラスの先生にお礼の挨拶を伝えに言った。その先生は、「あなたの前向きな姿勢は、今後もずっとあなたを助けてくれるはず。忘れずに持ち続けて」というような言葉をかけてくれた。
最後にがっしりと交わした握手と、彼が発した”your positive atitude”というワードは、その後もずっと私の座右の銘のように心に残っている。

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