【背神】改造シスター服の廃教会【雛杜雪乃/シスター/男性Vtuber】

 率直に言って、無謀な事をした。しかし、見合うだけの見返りは得られたと思う。



 ここ最近お気に入りの個人Vtuber「雛杜雪乃」が、新しい企画を始めたと小耳に挟み、興味からタイムラインを覗き込んだ。
 告知となる画像、およそ健全とは言い難い衣装。いつも通りおかしな人だと笑うが、それ以上に気になる点があることに気が付く。

 ーー背景となっている廃教会。アレは、近所にあるんじゃないか、と。

 私の地元には、昔からとある都市伝説がある。かつて、役所絡みで運営されていた教会が潰れ、今は化け物が住み着いているという荒唐無稽(こうとうむけい)な噂話だ。
 平成という時代に一時期流行った都市伝説。しかし、元号も新たになった今の時代では、子供の間でも流行らないような怪談話だ。
 小学校の頃に子供が肝試しに訪れ、保護者たちによって保護されたという逸話もあった。今となっては確かめるすべもないが、記憶に誤りはないと思う。

 さて、ディスプレイでは本心と冗談を使い分ける彼は、皆の隣人だと配信で語る。事実、彼の配信を見始めた頃、ふと自身の住むマンションのお隣のポストを見れば、名義は「雛杜」となっていた。
 あまりに薄ら寒い冗談のようで目を逸らしてはいた事実だったけれど。

 とにかくこれが本当であれば、これから彼が行う配信の予定や、バーチャルの存在だと思っていた他のVtuberの存在共々、目撃できる貴重な機会だ。これに興味を持たないはずはない。
 彼が行うというラジオはおあつらえ向きに今日。
 私は夜間にも関わらず自転車を漕ぎ出し、冷え始めた空気を肌に感じながら走り始める。

 噂の廃教会へは、数十分でたどり着いた。閉鎖されてからは誰も出入りしたことが無いはずの道は、数十年以上の時が経っているはずなのに雑草ひとつ生えていない。
 タイヤには何かが絡まっている。しかし、私を停められるものなど無い。うちから湧き出る力を感じながら、倫理観の静止を振り切るように精一杯いっぱいペダルをふむ。

 自転車を薮の脇に置き、スマートフォンの明かりを片手に道を進む。周囲は生い茂る木々によって視界を遮られていて、自分が徐々に異界へと足を踏み入れているような錯覚を覚えさせる。
 なるほど、これは大人であっても背筋が寒くなる場所だ。無鉄砲な子供の勇気が羨ましくなる。
 数段の石段を降りれば、いよいよ教会が見えてきた。しかし、目の前には金属製の車止めと、それを繋ぐような板材、それと板材にぶら下がる鎖で止められている。風が吹いていれば、楽器のように金属音が響いていたことだろう。
 看板もかかっているようだが、風化してしまって読むことが出来ない。
 仕方がないと溜息をつき、板材をまたいで通る。……なんかこの形、どこかで見たような。

 考え事をしようと思ったのもつかの間、教会に明かりが灯る。まさか見つかってしまったかと、慌てて藪の中に身を隠す。音で見つかってしまうかとも思ったが、幸いにも周囲の葉が擦れ合う音で紛れているようだ。
 数十秒か、数分か、いくらかの時間が経った。しかし、中から誰かが出てくる気配はない。辺りを警戒するが、艶やかな葉っぱが月明かりを反射している以外には目に留まるものは無い。
 いつの間にかぬかるんだ地面をしっかりと踏みしめて、この場所を後にする。
 教会から漏れる明かりで道は照らされていた。危険を回避するため側面の窓から中をのぞきこもうにも、教会は半ば木々に埋まるように建っているため、残念ながら確認することは出来ない。
 だとすれば、できることは正面突破しかない。
 ゆうに三メートルはあろうという巨大な木の扉を前に、二の足を踏んでいた。
 ここまで来てやめるのか? 何としてでもVtuberたるもの達の正体を見たかったのではなかったか?
 勇気を見せる理由はいくらでもある。しかし、先程から何かに。
 何かに違和感を感じて仕方がないのだ。
 雑草一本すら生えない整備された道。何かの形を想起させる車止め。擦れ合う葉音。艶やかな草木。ぬかるんだ地面。そして、鬱蒼とした木々に埋まりこんだ廃教会。

(ーーなんで、ここに来られたの?)

 脳内で、パチパチとパズルが組み上がっていく。
 告知されていた画像には、内装しか写されていなかった。場所を突き止める要素なんて、一つもなかった。
 建物が木に埋もれる程の年月が経っているのに、そこに至る道が綺麗に管理されているのはなぜ? タイヤに絡みついたものは、本当に思い違いだったの?
 せきを切ったように溢れ出てくる疑問が、形を為したかのように冷や汗を感じさせる。
 しかし、「彼」は答えが出るまで、待ってはくれなかった。

「あぁ、迷える子羊ーーというやつですね」

 音もなく、巨大な扉が開く。いやーー扉の形を模したナニかが、開かれたかのように口を開ける。
 ニコニコと、いつも以上に嬉しそうな彼は、あまりにも神に背いた衣装をまとっていた。

「今月は神無月ーー神の家でも、アレは不在ですから」

 代わりに僕が、あなたの身柄を引き受けますねと、彼は言った。
 私はそっと手を握られ、両足になにも感じられない中、身体を引き起こされる。行く先は、決まっているようだった。
 私は、自分すら朧気な感覚の中、溢れ出した目玉と口の中へと飲み込まれていった。

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