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星々と、宇宙のゴミと、聖なる夜と。(宇宙ゴミ=Debriと法律を巡る雑談)

「俺はただの客じゃない」

クリスマスよりも、クリスマスが終わってから大晦日に向けた師走の雰囲気が好きだな。そんなことを考えながら、丸の内南口の商業ビルにある回転寿司屋で鰯を頬張った。この店は、東京駅直結という立地も手伝って大混雑しているのが玉に瑕ではあるのだが、味は大変よろしい。回転寿司と侮るなかれ。下手な銀座の店よりもよっぽど満足度が高いほどだ。

目の前で縞鯵の皿をとるその男は、大学時代の友人で、某証券会社に勤めている。学部卒で社会人になっているので、社会人歴は僕よりもちょこっと長い。2021年の冬に2年ぶりに再会してからというものの、たまに夕飯を一緒に食べるようになった。

2021年の冬、付き合っている彼女に月の土地を買ってプロポーズをしようとした彼だが、その後、彼女が「人数合わせ」で出席した合コンで運命の相手を見つけてしまい、あっさり捨てられたのが今年の春。乗り換え先は、友人の証券会社の商敵の外資系証券会社に勤務する若手のホープというから、皮肉なものである。

「俺はただの客じゃない。」
聞こえなかったフリをしたが、彼は再度、今度は確実に聞こえるような声量で主張した。

「なんだっけ、神田の店の子?いや、やめときなよ、まじで。」

「なんや。偏見か?」

「いや、そうじゃなくて。その子が良い子かどうかは知らないけど、普通に考えて営業でしょう。どんな関係なのか知らないけど。」

「今日この後、クリスマスイベントでシャンパン開けるんや。」

「ほら、だから完全に客じゃんって。」

「そんな子ちゃうわ。12月28日が最終営業日らしいんやけど、その日が誕生日らしい。んで、今年で店辞めるらしいんよ。」

「おい、クリスマスとあわせて、年内に滑り込み2回分、しっかり搾り取ろうとされてるやんけ。やめとけって。」

話を聞くと、今年の春から神田のお店の子に入れ込んでいるらしい。独り身の彼が自分で稼いだお金で何をしようが、それこそお店に多額のお金を落とそうがもちろん自由ではあるが、あまりにも典型的な勘違い客になっているようで、ついつい口を挟んでしまう。

「デブリへの問題意識が強いらしいんよ。」

「誕生日プレゼントは何が欲しい?って聞いたら、なんて答えたと思う?マジで感動したわ。」

「どうせブランドものとか、シャンパンとかじゃないの。やめとけやめとけ。」

「アホか。ひかりはそんな子ちゃうわ。」

あら汁が運ばれてくる。
あたたかな湯気とともに海の幸の良い匂いが鼻腔をくすぐる。これこれ。これだよ。寒い冬はこれ!まずは一口いただいてから、七味を入れようかな。

「ひかりちゃんな、、」

あちっ。猫舌なので、ゆっくり飲まないと。




「デブリをなんとかしたいらしいんよ。」
「キモすぎるわ。」

真顔であら汁を手元に置いた。
彼は回転レーンから縞鯵をとる。
きょとんとした顔で彼は僕の顔を見ている。なぜお前がきょとん顔をする。

「お酒好きじゃないのに、デブリ回収のために、夜職めっちゃ働いてるみたいなんよ。」
「え?ふざけてる?ふざけてるよね。」
「デブリへの問題意識が強いらしいんよ。」
「らしいんよ、じゃなくて。」

「デブリの定義は?」

嫌な予感がしている。こいつはちょうど1年前も彼女へのプロポーズがどうのこうのといって、宇宙資源に関する議論をふっかけてきた。

もちろん、こういった議論が嫌いなわけではない。
「リラックスをして食事を楽しんでいるときに」難しい議論をしたくないのだ。何事もTPOだ。

「それで、聞きたかってんけど、デブリってなんなん。」
「宇宙ゴミのことだろ。やめろよ、そうやって議論にもってくの。そもそもキャバ嬢に「デブリが欲しい」と言われたとか大嘘だろ。」
「いや、それは一般的な用語だよね。法的な定義はある?」
こいつ、なんで今年はちょっと上からなんだ?イラっとするわあ。

興味がないフリをして、あら汁に七味を振る。ああ、入れ過ぎてしまった。少し辛い。

…………このあら汁、つみれが入っている!嬉しい誤算だ。出汁が染みててうまいうまい!

「どうやら、出てこないようやな。」
そう言うと、彼は回転レーンから3皿目の縞鯵をとり、そして徐に鞄からiPadを出した。
「ちょっと、お前の赤身、食べちゃうか端っこに寄せるかしてや。スペースがないわ。」
マジでなんなんだこいつ。

「これは、本当にたまたま、やねんけどな」
何がたまたまなのか不明だが、そう言いながらiPadの画面をつける。

iPadには衝撃の画像が表示されていた。

「待て待て待て。おまえ、さすがにこれはないだろ笑」

まさかのスライド登場に吹き出しそうになる。

「お前、ロースクールの授業とか仕事とかがクソ忙しい上に、時差で会議も深夜にあって、寝る時間もままならないとか言ってなかった?」

「え?何の話してん?俺は都内の証券会社勤務やけど。。。」

「あ、ごめん。それはこっちの話。」


カチッ


「マジでスライドやん笑」

「スペースデブリの定義は国際法上の確立した定義はないんやけど、「宇宙機関間デブリ調整委員会)」(IADC)が策定した「デブリ低減ガイドライン」にはその記載があるよな。見といてや。」

「デブリの問題点ってなんなんやろね」

彼は4皿目の縞鯵をとりながら言う。

「それは、まあ、やっぱり衛星に衝突して破損したりとか、そういう点じゃないかな。あと、地球周回軌道上にデブリがこれ以上増加すると、地球周回軌道以遠への探査も難しくなるよな。」

「せやねん。その意味では、スペースデブリの問題は、宇宙の環境問題というよりは、安全問題と言われてるんよ。(※小塚・佐藤「宇宙ビジネスのための宇宙法入門(第2版)」(有斐閣)211頁)」

「なあ、なんで今年はちょっと講義口調なの?イラっとするわあ」

カチッ

「ほぼ文字やんけ。スライドにすんなこんなもん。小さくて見辛いし。」

「デブリに関する問題意識は国際条約上も明確に定められていないのが現状やね。宇宙条約第9条はデブリの発生原因となる行為について一定の規律を定めているものの、果たしてこれだけでルールとして十分なのかは疑問や。」

そう、ただ、全会一致原則を採用しているCOPUOSでは今後新たな条約の起草を行うことが極めて難しい。そのため、スペースデブリ低減ガイドラインを含むソフトローによる規律が重要となってくる。

「ひかりちゃんの話やねんけど」

突然の話題の振れ戻しに脳みそが追いつかない。

「50歳の誕生日に顔写真入りの人工衛星をブチ上げたいみたいやねん。」
「え、まって。熟女キャバクラ。」
「顔写真入りの人工衛星をブチ上げるにあたって、デブリにぶつかって、大破しないか心配なんよ。」
「話が頭に入ってこないけど。」
「顔写真入りの人工衛星。」
「誕生日記念のオリジナルシャンパンみたいなノリで打ち上げんな。それ自体がもうデブリじゃねえか。」
「その言い方はひどない。」

カチッ

文字がパラパラと降ってくるアニメーション付きだ。

「アニメーションは、noteだとうまく表示されないけど。」
「さっきから何の話やねん。noteってなに?」
「あ、ごめん。こっちの話。」

宇宙損害責任条約は、登録物体が第三者に対して損害を発生させた場合の責任を規律するが……

「この条約は、たしかにスペースデブリによって起因した事故の事後措置としては機能しうるけど、損害を与えたデブリの打ち上げ国が分からないと実効性がない。」
「せやねん。」

「それに、過失の証明も難しいんじゃないか。」
「せやねん。」

「どうやってこれ以上増やさないか、がまず大事なんよ」

5皿目の縞鯵をとりながら言う。

「繰り返しになるけどな、発生したデブリを減らすことも大事やねんけど、まずはこれ以上増やさないことが大事で。COPUOSは「国連COPUOSスペース・デブリ低減ガイドライン」を策定したのは知ってるやんな。」
「これは、国連総会決議じゃなくて、COPUOSが作成した文書にとどまるけどな。」
「せやねん。」

1. 正常な運用中に放出されるデブリの制限
2. 運用フェーズでの破砕の可能性の最小化
3. 偶発的軌道上衝突確率の制限
4. 意図的破壊活動とその他の危険な活動の回避
5. 残留エネルギーによるミッション終了後の破砕の可能性を最小にすること
6. 宇宙機やロケット軌道投入段がミッション終了後に低軌道(LEO)域に長期的に留まることの制限
7. 宇宙機やロケット軌道投入段がミッション終了後に地球同期軌道(GEO)域に長期的に留まることの制限

(国連COPUOSスペース・デブリ低減ガイドライン)

このガイドラインの末尾には、実施にあたっては技術水準となるIADCのガイドラインその他の文書を参照するように指示がある。つまり、事業者はこの技術水準に目配せをしながら衛星等の設計を進める必要がある。このガイドライン自体はソフトローではあるが、宇宙活動法等の国内法をもつ国では、このガイドラインに定められた技術水準に従うことが法律上定められていることが期待されるため、実質的に国内事業者を拘束する水準となりうるのである。

「せやねん。」

「なんも言ってないけど……」

「ガイドラインみたいな法的拘束力のない「ソフトロー」で合意をすることに何の意味があるんや、みたいな声もあるけど、ソフトローを通じて、各国家が国内法を制定する動きを見せるとすれば、それは法的拘束力をもって事業者を統制することができる点は要チェックやね。」

「こういったガイドラインに定められた基準をクリアしていないことは、宇宙損害責任条約上の「過失」を基礎付ける事実にあたるのかな。」

「あー、それはちょっとおもろい点やね。」

「いや、例えばさ、今後スペースデブリの低減に向けてさらに細かな技術基準が定められるとして、これを国内法の許認可の基準に入れなかった場合には、ガイドラインの基準には達してないけど、国のお墨付きはもらってるみたいな状況が発生するわけじゃんか。」

「そうやな。ただ、それは宇宙だけの議論じゃないと思うで。たとえば、航空機の文脈でも、国の耐空証明をクリアしたものの、技術的なエラーで損害が生じた場合に、「国の基準は守ってるんやし、過失なんてあるわけないやろ!」みたいな理屈が通るのかって一つの論点よな。」

「前期勉強したこと早速使ってるね。」

「前期って何や?お前、さっきから何の話してるん?」

デザートが机に置かれる。
満腹だ。

「法律的には分からないことだらけやねん。」

「発生させないっていう予防策については、まあええとして、これを除去するってなるとかなり厄介な問題が山積みなんよ。」

そうなのだ。
例えば、デブリといえども、その所有権は元の衛星の所有者に帰属しているはずである。その場合、デブリ除去について、所有者の同意を取得する必要がないのかといった点は難しい問題だ。

「デブリ除去の同意については、例えばだけど、緊急避難的な構成で同意を取得していない違法性を阻却する理屈を立てることはできないかな。」

「まあ、例えば今ある人工衛星を守るためにぶつかりそうなデブリを除去する場合にはあり得なくはないんやろうけど、デブリがあるところに衛星ブチ上げようとする場合に、事前にデブリを除去したいみたいなケースで、緊急避難的な議論が使えるのかは疑問やな。」

「でも、そもそも同意っている?デブリって宇宙ゴミじゃん。ゴミを除去するのに持ち主の同意が必要ってなんか合理的じゃない気がするんだけど。」

「それは、普通のゴミとはちゃうからなあ。元が衛星のデブリはそれ自体に機微情報が内在しているケースもあるやろうし、そもそも抽象的には「デブリ」かどうかの判断って誰がするんっていう問題もあるやろ。」

「それは見たらわかるのでは。。。それに本人に聞いたらいいじゃん。これはデブリですか?って。」

「所有者が特定できればな。所有者が特定できない状況で、機微情報を抱えているかもしれない、なんならデブリかどうかも分からないものを勝手に除去するっていうのは結構リスキーやろ。」

「まあ、そうだなあ。」

費用をどうするかという問題も、もちろんある。

デザートも食べ終わり、そろそろ会計を貰おうかと考えていると、後ろから何かが迫ってくる気配を感じる。



「お待たせえええええ!」

低い声とともに香水の匂いが鼻を突く。
振り返ると、そこには180cmはあるであろう大柄な男が立っていた。

「ひかり!」
6皿目の縞鯵を食べ終えた友人は嬉しそうに立ち上がる。

「はじめまして、私、club Orbitの「ひかり」です。よろしくねえ。」

お、おーびっと、、、

「今日は俺のおごりや、みんなで寿司食って、神田行くでええ!!」

圧倒的な声量と、香水の香りと、iPadに表示された無駄に専門性の高いスライドで周囲の注目を浴びる。

深宇宙より不思議なものがまだまだこの地球にも、いや、中央区にあるかもしれないと思った。

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