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泣いたって始まらないのに11

 由美は寒くて寒くて目が覚めた。
どのくらいそこに居たのだろうか。
 のろのろと立ち上がり、服を脱ぐぎ、熱いシャワーを頭から浴びた。
身体中をこれでもかこれでもかと洗い始めた。
止めたくても止まらない。
皮膚を剥ぎ取る事ができたら、
あの感触は消えるだろうか。
いや、いっそ秋之の記憶が消えてしまえば……
 前に映画で見た、消したい記憶だけ消せる記憶屋。
「消せるものなら消して……お願い!」
そう呟くと由美は、いい加減に体を拭くと、疲れ切った身体をベットに放り出し目を閉じた。  
 翌朝出社すると、地方のイベントを終え、出張から帰って来た親友の爽子の姿が見えた。
由美を見るやいなや、勢い良く走り寄ってきた。
「ただいま! 由美! 元気かぁ。お土産だっ! あれ? どうしたのその顔!」
由美は苦笑いを浮かべ、爽子を抱きしめた。
「お帰り! なんか色々あり過ぎてさ。帰りご飯食べよ。話し聞いてよ……」
爽子はよしよしと、頭を撫でながら頷いた。
 由美たちは、イベント企画事務所に勤めている。
イベント以外にも舞台、CMなど多種多様に手掛けている事務所で、その業界では老舗として名が通っていた。
 ふたりは定時に無理矢理上がり、そそくさと事務所を後にした。
「はるさんのところ行きたい。お土産渡したいの。いい?」
「うん、いいよ。昨日も行ったけど、はるさんのところなら毎日でもOK」
「そっか、ごめんね。我儘聞いてもらって」
「そんな事ないよ!」
由美は爽子の腕を取り歩き始めた。
「今晩はぁ、はるさぁん! 会いたかった!」
爽子は、カウンターから出て来たはるに飛びついた。
「お帰りなさい! 九州はどうだっだ?」
「仕事はバッチリでした。はい、お土産。千茶屋の明太子」
「嬉しい! 千茶屋さんのは格別なんだもの。出汁と辛味が絶妙のバランスでしょ。だからご飯が進むの〜」
はるは明太子を冷蔵庫に仕舞うと
「奥の部屋どうぞ」
と声をかけてくれた。
ふたりは頷いて奥の部屋に上がると、由美は思わず深い溜め息をついて座った。
「何飲む? わたしはホットウーロンハイの梅干し入、由美は?」
「わたしも同じの」
「トイレ行くついでに頼んでくる。食べる方も適当にお願いして来るね」
由美が頷くのを確認して爽は部屋を出た。

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