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初恋は今も胸を奏でる

第三話 悩める乙女心

「お母さん、またもんぺ縮んだから、なんとかならない?」
「縮んだんじゃないよ、あんたが伸びたの! いい加減止まらないかね~」
「やめて! 伸びてないから!」
水絵は真っ赤になって怒った。
だいたい私が悪い訳じゃないし!と
ぷりぷりする娘を見ながら、母親は肩をすくめ、もんぺと格闘を始めた。
 つい最近身体測定があったのだが、水絵はその結果にかなりショックを受けていた。身長が3㎝伸びたのだ。
「172㎝」なんてあり得ない!女学生で170㎝の大台なんて! 可愛げの欠片もないじゃない」
あぁ立ち直れない……体重は減るばかりなのに。水絵さんがい骨みたいと、クラスメイトから言われているし。
顔はまあまあだけど骨かわ筋子じゃあみっともないよとか何とか。ふん! 大きなお世話だわ。女優の木暮実知代に似ていると、東京の同級生からは羨ましがられていたが、この期に及んでは、水絵にはそんなことどうでも良いのだ。兎に角ここでは目立ちたくない。だから猫背で尚かつ、俯き加減で日々過ごすという努力をしているのに、勝手に伸びていく憎々しい骨め。 
 暫く続くであろう嫌み手投げ弾は、避けながら、何も聞こえないふりをしてやり過ごす。元来呑気な性格が救いの水絵だった。
 そんな日々中でも、仲良く為てくれる田中美代の他に、三人が友達になってくれた事が水絵の支えだった。
 然し、転校してから日に日に存在を消していく水絵。目立ちたくない気持ちが声にまで出てしまっていた。
おまけに地声が低いと来ているので、
何度も聞き返されたり、それについて注意されることも多かったが、歌声は美しいソプラノに変わり、たまにある音楽の授業で独唱をさせられる事も多かった。そんな水絵は昼休みになると美代達と校庭にある、松の木の下で得意の歌を披露していた。
リクエストは軍歌から歌謡曲、唱歌、はたまた民謡、都々逸まで。
それを水絵はいとも簡単に歌って聴かせるのであった。 
歌によっては地声も使い分けると、今をときめく男装の麗人を思わせると友達は大喜びだ。少女歌劇に入れば、絶対男役でスターになれると言われ、
現に、この地元から少女歌劇に入り、男役になっている元同級生がいて、その子より高身長で歌もうまいと成れば、声楽専科だけでもを受けてみればと、音楽の先生までもが進めてきた。一応親には話したが、断固許さなかったし、水絵自身もそれほど興味があった訳では無かった。
(いわゆる宝塚歌劇団とか松竹歌劇団 松竹歌劇団は今現在はない。その頃は少女歌劇と言われて女学生達の憧れの的だった)
 水絵はこの暗くギスギスした毎日を緊張為ながら慣れないを作業している仲間が自分の歌で喜んでくれる。癒やされたいと、水絵の歌を聞きに集まって来てくれる事が心底嬉しかった。
 仲間たちはいつからかその時間を、「憩いの時間」と呼ぶようになっていた。

 

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