見出し画像

泣いたって始まらないのに9

 ふたりは当たり障りのない話しをていたが、大和が三杯目を飲み終えたところで、由美は携帯を手に取り、
「あら、もう11時過ぎてるよ。
帰ろう! 帰ろう!河田君! おトイレ大丈夫?」
言った後由美は思わず口を押さえた。
「あっ! ごめん。ビール飲んでたからつい……」
大和は一瞬首をかしげるが、
「あぁー行ってきまーす」
とゲラゲラ笑いながら出て行った。  
 由美も苦笑しながら会計を済ませに部屋を出た。
「はるさん、今日はお騒がせしてすみませんでした。」
頭を下げる由美に、
「とんでもない! こちらこそ差し出がましくてごめんね。でも心配なのよ! 由美ちゃんが」
由美は笑顔で何回も頷いて、はるの手を握った。
 そこに大和が、ふたりの荷物を持ってこちらに歩いてきた。
「あの、お会計は?」
はるが由美の方を見て、
「はい!先輩にお支払い頂きました。」
大和は財布出して、
「せめて割り勘で……僕がお願いしたんですから」
「河田さん、今日は先輩に花持たせてあげて」
「そうだ、そうだ、先輩ずらさせてよ。次回は出して貰うからさぁ」
大和は由美の口からつい出た、次回の響きが嬉しくて思わずにやけながら、「了解しました。じゃぁ今日はご馳走になります!!有難うございました!」
「うん。はるさんご馳走さまでした。また来ます」
「はーい待ってるからね。河田さんも来てね」
「はい! 有難うございます!」
ふたりは、はるに手を振り店を出た。
 大和は少し口ごもりながら、
「あの……ですね。ライン交換してもらえますか? だめですか?」
「別に構わないけど……交換する必要あるかな?」
「必要です! 僕は絶対に! 悪用しませんから! お願いします! お願いします!」
「悪用しないって当たり前でしょうよ。もうわかった、わかったから」
勢いに押され、携帯をバックから出しお互いに登録終えると、急ぎ足で駅に向かった。
「そう言えば、河田君は何処に住んでるの?」
「池袋です。笹山さんは何処にお住まいですか?」
「江古田」
「えっ?江古田ですか、お隣さんですね」
「お隣って、それ言い過ぎでしょ」
「イヤイヤ近いなぁと言う意味でね」
由美は笑いながらうんうんと頷いた。
 駅に着き、電車に乗り込んだふたりは車内の中程まで押され、大和は吊り革に掴まれたが、由美は場所が悪く自力で踏ん張っていた。
大和は遠慮がちに、
「僕に掴まって下さい。危ないから」
「大丈夫!大丈夫!」
と言ってる傍からバランスを崩す由美に、
「どこが大丈夫ですか?コケたらどうするんですか!」
大和の声があまりにも大きくて、由美は思わず顔をあげ、はいと小さく呟き、大和のダウンの端にそっと掴まった。
大和はチラッと由美の様子を見ると、緊張しているのが手に取る様にわかった。
「大丈夫ですか?」
大和が心配そうに声をかけると、由美は無言で頷いた。
本当は、男性に触れてるのこと嫌悪感に襲われていた。
「我慢して下さいね。もうすぐ着きますから……」
「うん……大丈夫だよ……」
立ち直れていない自分がここにいる。
由美は、こんな事で弱さが露顕するとは、ほとほと情け無くて泣きたい気持ちになっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?