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清潔さに背筋が伸びる店について

ふと「馴染みの寿司屋があったらいいな」と思った。
目標を立てると、見えなかったものが見えてくるのか、今まであまり通らなかった道で店から出てくる人たちに出くわす。
「紹介してくれてありがとう」とにこにこしていて、案内人らしきひとも満足そうだった。
窓がない建物は中の様子はうかがえないが、寿司屋らしい。表に置いてある品書きは「おまかせコース 3500円」とあった。
店の雰囲気は安っぽくないのに、妙に安い。
不思議に思いながら、ひとりで予約した。

「いらっしゃいませ」とカウンターの中からこちらを見る店主の目は、まっすぐな感じがある。
値踏みするでもなく、へりくだるでもなく、まっすぐ。
(のちに、この目線は寿司屋では珍しいことを知る)
細かく包丁を入れたイカに、柚子が散らしてある。美味しい。というかコメが美味い。
口蓋に触れるネタの美味しさの後に、シャリの粒感が追いかけてやってきて、後味でシャリが美味い。
二段階でやってくる美味しさが、寿司の美味しさだったのか。ネタだけばらして食べても無意味で、この形態に意味がある。

北海道では海老は生のねっとりした甘みを尊ぶ機会が多かったから、火を通した海老をやや低く見ていたきらいがあった。
車海老の火の通し方が、歯ごたえも残しながら甘みと香りが引き立っていて、確かに熊本で食べた馬刺しも少しだけ炙ってもらった方が美味しかったのを思い出す。金目鯛の炙りも、焦がした脂の香りが素晴らしかった。

柚子が削ってある茶碗蒸しは、匙ですくっても形を保てるぎりぎりの硬さでいて、限界まで出汁をかかえた、きわめて上品なだし巻き玉子に近い。
出汁を入れすぎなのか加熱が甘いのか、匙を入れた瞬間に散り散りになって茶碗の中で泳ぐ玉子を、唇を突き出し茶碗を持たずにすする客、という図が間々ある。そうした時、崩し豆腐の麻婆豆腐を食べに来たんじゃないんだぞ、と内心で激昂してしまう。
硬さと出汁のバランスが、ここは理想に近い。
中には、その日の魚や季節の野菜(百合根や銀杏やそら豆など)が少し沈んでいる。

最近、久しぶりに行って変わらず美味しいと感じられた。偶然にも、車海老と金目鯛の炙りがあったため、初めて来たときを思い出していた。
ネタもシャリも小さいのに、少しも満足度が損なわれない。ひとつひとつが「料理」として完成しているからなのだと思う。
金目鯛の重めの脂が米に染み渡っていき、車海老は海老のみずみずしい水分が米と混ざって別の味に変わる。そうした過程が、食べながら目に見えるようだった。
花火だ。
口腔内で花火が打ち上がってから、ぱらぱら、と牡丹が散っていくのがわかる。
また、違うネタでは「柳だ」と思った。
おそらくネタによって握り方や脂分が違うせいで、打ち上がる花火が違う。

おまかせで十カンくらいだろうか。
2020年3月現在で、おまかせコースは4000円になっている。それでも満足度に比較して、かなり安い。
店主からは「あまり高くしたくないんです。寿司はもともと、庶民が食べるもんじゃないですか」と聞いたことがある。

気持ちとしては、もう一周しても全然食べられるのだが、コースの意味を台無しにしてしまうと思ってやっていない。
二カンだけ追加することを自分に許している。(制限がある方が真剣に考えるからだ)
迷ったあげく、大抵はコースに出なかったものと、もう一度食べたいものを選ぶ。

ファミリー、若い勤め人二人連れ、女性も男性も、余裕がありそうな老夫婦、お医者さんらしきグループなど、客層はバラエティに富んでいる。
心なしか、だらしなく飲んでいるひとはいない。店の雰囲気が、そうさせているのではないか。
一現でも常連でも、丁寧に、まっすぐ向き合う店主の姿勢は常に清潔である。

JR高槻駅から徒歩3分の「すし処 津ごう」は、本当に良い店だと思う。(Google MAPに登録なかったから登録した)
以前、確か日本酒は宮脇酒店から入れていた。今もそうなんだろうか。日本酒のラインナップも良い。

自分のお金で通った、初めてのちゃんとした寿司がこちらで、本当によかった。
あまりに接客がひどい寿司屋に当たったとしても、そんなところばかりではないことを既に知っている。

度重なる蔓延防止措置や時短営業要請などで、何度も何度も予約が入らずに廃棄などされていたと聞き「なにかSNSなどで発信をしてください…!」とお願いしていた。きっとそんな声は多かったに違いなく、Instagramを開設されていた。

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