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Non:Fiction Part2“姉御”

※これはフィクションです。

“俺にとってあなたとの思い出にろくな事はありません。でも何より俺を初めて弟の様に可愛がってくれたあなたが大好きです。安らかに。”

俺にとってのルーツはなんと言っても“あのBAR”だ。女に捨てられた俺がたどり着いた裏路地にひっそりと佇む1件のBAR。あのBARは紛れもなくゲートウェイドラッグだ。もっと強い刺激を求めてのめりこんで行った。
そこで初めて出会った女がいた。まだ21歳になりたての俺をその女だけが迎えてくれた。洋画が好きでよく話し込んでいた。俺にとって初めて出来た姉御だ。姉御は近くの飲み屋で働いていて首の後ろに蝶が1匹描かれてる。メガネで気が強く酒を飲んでは面白い話を聞かせてくれていた。俺に女をアテンドしてくれてた時もあった。俗に言うボロ女だが俺にとっては姉御だ。姉御と言っても当時41歳だったからほぼママではあった。俺にとっては姉御だったがな。

あのBARでは数え切れない事件を起こし、数え切れないほど問題があった。今思うとおぞましくなるおっさんとおばはんのラブストーリーや暴力沙汰の数々。俺にとってはテーマパークだ。仕事を終えると必ずそのBARに行った。数々の揉め事を紹介しよう。と言っても俺が起こした姉御との壮大な物語は1つしかないのだが。

ある日、俺はいつものようにBARで酒を飲んでいた。たまたま集まった常連兼友人たちと飲んでいた。笑い合い、昔の話に心を踊らせて俺は聞き入っていた。そこへ2人のカップルが入ってきた。その瞬間、常連達の表情はピリッとした。空気が変わった。が俺はいつものように話しかけに行った。“偏見よりも経験”。俺の座右の銘かもな。そのカップルは俺を暖かく迎え入れて3人で楽しく飲んでいた。夜も静まり、3人で飲むことになった俺とカップルはBARを後にした。で何故かラブホに行ったのだ。そして男がシャワーをしている間に俺はキスをされた。ここまで読んでいるとなんとなくどういう事件かわかるだろう。

                  “File①風変わりな美人局事件”

俺は男にぶん殴られたが女はキョトンとしていた。そう。風変わりとはそういうことだ。男は女が俺に興味があると察して俺を罠に誘い女が男にとっていい女かを試したのだ。まぁ、変に利用されたのだ。

男「ぶち殺すぞ!」

と俺はぶん殴られたが、本当に申し訳ないがびっくりするぐらい赤ちゃんパンチだった。痛くない。

          “あれ?こいつ、喧嘩慣れしてないぞ?”

怒る男。泣く女。ちょっと面白くなってきている俺。そこで俺は考えた。

                    “ちょっと遊んでみよう。”

“命よりも経験”。俺の座右の銘かもな。案の定、気持ち悪い昼ドラみたいなお芝居を最前列で見てる気分だった。男と女は聞いたことのあるセリフを言い合い、泣きあい、愛し合った。正直、俺は軽蔑していた。何よりラブホだったから部屋が多少鏡張りになっていて俺の軽蔑した顔が不意に鏡に移り自分の顔を見てしまった。不覚だった。意味の分からない安いドラマを目の前で見さされて呆れて軽蔑した自分の顔に思わず吹き出した。が笑うと多分またピコピコパンチで殴られる。緊張と緩和でギリギリの漫才を特等席で見ていたのだ。
そんなこんなで用積みになった俺は返された。そして、俺はこの一連の流れを全てBARの常連に話した。後日、俺の事を弟のように可愛がってくれた姉御率いる軍団がこのカップルをボコボコにしてこのBARを出禁になった。

姉御「私達にこれからちゃんと聞きなさい!」

俺「はーい。」

姉御「ついて行っていい人なのかちゃんとね!」

俺「はーい。」

この一連の騒動はとある事件の引き金になった。

                     “File②焼肉屋半壊事件”

むしゃくしゃする夜だった。働いていた居酒屋のマスターの弟(つまり親父の従兄弟)に割と腹立つ事を言われた12月30日だ。年の瀬。

マスターの弟「親父がキチガイなら息子もキチガ
                           イだな!」

仮にも親戚だぞ。すごいこと言いやがる。マスターはそれをただ笑ってみてるだけ。年の瀬にすんごい事言いやがった。むしゃくしゃするよ。流石に。教訓として言うが「イライラしている時は酒を飲むな」。21歳の俺には程遠い言葉だが。その夜、あのBARで姉御と飲んでた。そこへ姉御に1本の電話が入った。姉御は店の外へ出て行き俺はしばらくマスターと談笑していた。
姉御は戻ってきて俺に電話を渡した。電話の相手は半年前に素晴らしいコントを見せてくれた風変わりな美人局カップルの男だった。

男「年の瀬だから謝りたい。」

俺「は?」

男「近くの𓏸𓏸という焼肉屋に居る。来てくれ。」

俺「お前が来いよ。」

男「俺はBAR出禁だから無理。」

むしゃくしゃしていた。その一言だった。姉御に連れられて行った焼肉屋。存在は知っていたが入った事のない昔からある焼肉屋。街は年の瀬。少しガヤついている。入ると男は焼肉を焼いていた。
忘れもしない。

男「座ってくれ。大将!ビールを彼に!」

俺「要らねぇ。」

男「本当にすまんかった。」

男は俺に深々と頭を下げた。がどうも気に入らなかった。焼肉屋で焼肉をしながら謝られても。当然の光景なのだが俺にとっては無理な相談だ。
俺は男の顔をつかみそのまま網に押し付けた。

俺「お前の態度が気に食わん!」

男「うわぁぁぁ!!」

俺「大将!ナイフ貸せ!こいつをぶっ殺す。」

その言葉で姉御は外から店内に入り俺を止めた。が俺は止まらずに机ごと身を乗り出し男を殴った。顔を踏みつけ殴りまくった。アドレナリンが腕の痛みを忘れさせ入ってくる客を逃がし続けた。

大将「辞めろ。もういいだろ。」

姉御「やめなさい!」

俺は正気に戻り姉御と共に店を後にした。少しガヤついていたはずの街の音が全く聞こえなくなり姉御と俺は2人で1本の煙草を吸いながらBARに戻った。BARには詳細には言えないが何人かの常連がいた。全身刺青の心優しい拳法の先生、ボロ老人、近くの飲み屋の姉ちゃん、姉ちゃんのお客。何も無かったかのように「お疲れ様です!」と言い輪に入った俺は姉御から少し距離を置いた。もちろん何も聞こえなくなった道中で姉御には謝った。けれど俺にとって引き金は姉御だ。

             “File③もう、意味のわからない暴力”

カランカラン。その後、2時間後くらいだろう。カップルの男が出禁になったBARに訪れ、謝りに来た。
2秒だ。2秒だったな。考えたのは。俺も何に怒っていたのか分からない。何がどうなったのかよくわかってなかった。座っていた椅子を持ちその男をぶん殴った。

俺「二度と俺に会うなって言ったよな?」

男「本当にすまなかった!」

俺「殺すぞ。脅しじゃないんからな!」

抑えられる俺。男は逃げるように去った。その後、男を見た人は居ない。少なくとも俺の前で誰も話題にしなかった。後日談だがBARでの俺の暴力シーンを見たボロ老人は「こんなに優しい子を怒らせた男が悪い」と変なことを吐かしていた。俺にとって最後は何に怒っていたのか正直分からなかった。それは今でも分からない。
ただイライラを発散する方法が暴力だけだった。それ以外を知らなかったしそもそも親戚中からそれしか学んでいなかった。解決策の幅が狭すぎる。しかし、俺にとってはこれがまだ前世界だったのだ。

                      “File④一生言えないお礼”

そんな事件たちも過ぎ去り2年がたったある日。いつものように姉御と共に飲んでいた。今回はBARの隣のカウンターしかない飲み屋だ。2人で俺の小説の話や姉御が好きなメリーポピンズの話をしていた。不意に姉御は咳き込んだここ2ヶ月はずっとだ。周りの人々の注意も聞かず酒を飲んでいた。そして最後の事件が起きた。姉御は俺がトイレに行ってる最中に帰ってしまった。店主いわく俺の飲み代も払って行ったらしい。

              “次会ったらお礼言わないとなぁ”

そう思って俺は帰った。それから2日後。何気なくTSUTAYAの帰りにBARに寄った。いつものようにマスターと談笑していたが表情が少し曇りだした。

マスター「Mちゃん知ってる?」

俺「あー。はい!姉御ですよね?」

マスター「一昨日、死んだ。」

俺「え?一昨日、一緒に飲んでましたよ?」

マスター「その後、友達の家に行って死んで
                    た。ちなみに君の隣の席が彼女の
                    最後の席だ。」

俺はしばらく息をするのを忘れてしまった。月が欠けるように俺の心が欠けたようだ。

               “俺と飲んだ4時間後に死んだ?”

何も言えなかった。よく分からなかった。ただ、時間が流れた。氷が全部熔けたグラス。
              
                “時間は無限じゃない。有限だ。”

感じたのはその言葉だけ。あとは味のしないガム同然だった。その日、俺はよく分からず家に帰った。次の日、仕事もよく分からなくなっていた。そんな俺に見かねた居酒屋のマスターは話した。

マスター「なんだ?」

俺「友達が死んだ。」

マスター「どうせ、ボロの友達だろ?
                    死んで当然の奴らやろ?」

俺は何も言わなかった。よく分からなかった。ただ胸にぽっかり穴が空いた。そんな感覚だ。
BARに寄ったらたくさんの人々が姉御を追悼していた。最後の席に花や酒が添えられみんなが時間を忘れようとしていた。そんな友人たちを見た俺は膝から崩れ落ち初めて泣いた。

               “本当に死んだんだ。本当に。”

やっと現実になった。夢だと思いたかった。よく分からなかったがその瞬間はっきりと見えた。俺はぶっ壊れた。BARにいる友人たちは比較的年齢層が高い。つまり1番歳が近くても20歳は上の連中だ。感受性も何もかもが強い俺にとってはそんな空間が地獄でしか無かった。
しかも、誰も周りにいない。女に捨てられ、居酒屋のマスターには心無いことを言われ、両親にすら「そんな奴とは付き合わない方がいい」と言われた。俺をお前らよりも愛して“認めてくれた”姉御の死は当時の俺にとって苦しいなんてものじゃなかった。時間の尊さを身に染みた。会える時に会わないと。言える時に言わないと。そんな呪縛に俺は縛られて行った。

                          “File④妙なジジイ”

壊れた俺は酒を浴びる日々。どんどん死に近づいていたある日。BARで妙なジジイに出会った。

妙なジジイ「Mちゃん死んだんやろ?」

姉御の最後の席に座って言ってた。俺は腐ってた。

俺「そこ最後の席ですよ。」

妙なジジイ「あいつは俺の女やったんぞ!」

俺「そうですか。」

妙なジジイ「あいつは俺とヤリまくってたで!」

俺は飲んでいた酒のグラスを妙なジジイにぶつけた。

俺「死を弔え。死んでから好き放題言うな。」

俺を宥めるマスター。妙なジジイは逃げて行った。俺がBARで暴力を振るったのはこれが最後だ。その後の2年間はBARでは暴力を振るってない。
もちろん、この妙なジジイだけでは無い。他にも色んな奴がズカズカとBARに押しかけ心にない事を弁論して姉御の悪口を散々巻き散らかし帰っていくのを俺は見るしかしなかった。

姉御が裏で何をやっていたかは知らない。きっと悪いことだ。だが俺にとっては親友であり姉御だ。ちなみに友人達によると3つの死亡説がある。

①肝硬変

②他殺

③自殺

どれも確かめようのない秘密だ。家族葬のおかげで誰も死因を知らない。有力なのは①と②だが本当に分からない。正直、周りにヤクザも多かった。他殺の線もみんなが考えていた。が俺にとっては“どう死んだかではなくどう生きたか”。
たったそれだけでいい。少なくとも俺を可愛がってくれたことには変わりがない。

『人生で初めて俺を弟として可愛がってくれた姉御に俺は感謝している。いつか俺も下の子達に居場所をつくってあげたい。俺が死ぬまで。』


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