【日記】6月17日

記憶力が非常に乏しいので、日々のあれこれを日記に記しておくことにした。出来事も、それに伴う心の揺らぎも隔てなく。
朝、ようこさんの瞑想会に出る。起きられた自分をとりあえず褒める。
実家は悲しいけど、あまりにも色々なことが雑にされすぎていて、場にいるとその影響を受けてしまう。何が雑かって言うと、料理をするときに面倒くさいとおもいながら食器を洗ったりとか、もうお役目を終えたモノたちが捨てることも面倒でそのままにされていたりとかそういうこと。
家全体に「あきらめ」の空気ご蔓延している感じがした。その場にいて気分が影響されないわけはないし、父も母もこのままだと身動きがとれなくなってしまうなと余ってしまった。
たくさんたくさん言い合いになって私はすごく悲しかった。それと同じだけ私は私を傷つけていて、それが父と母に投影されているだけなのだ。
父と母と混ざり合える部分がまったく見当たらなくて、それがとっても悲しいけど、憤りもあるけど、いとおしくてかわいそうだと思った。
父と母のことはながーくなってしまいそうなのでまた後日書く。
なので自分のペースを立て直すために、できるだけ丁寧を意識しながらお化粧したり準備をする。
最近はTwitterの鍵垢を作り、そこにアイデアや感じたことを吐き出している。色々なインスピレーションをいただくのだが、いただきすぎて気持ちが散らかってしまうのでとりあえず書くだけでも表面化させておきたい。そういう意味でこの鍵垢の存在に本当に感謝である。
源さんのMVをリメイクするというアイデアがあり、今はsunの構想が私の元に来てくれている。実現はいつかするけど、本当にすごいアイデアをいただいた。実現するには私のものじゃないってところにちゃんと落ち着いていないとね。
小田急で由利さん、結羽ちゃん、大塚さんとBBQへ。心から楽しかった、けど今の私にはBBQのお金を使っちゃったことへの罪悪感、みんなへのうしろめたさ、それと同時にあれだけ反省したのだからもういいんじゃないかな、っていう気持ちとか色々あった。楽しいと同時に皆さんへの罪悪感からついウニヒピリの声を無視して、言いたいことが言えなくて、みんなと別れた後はちょっとだけへとへとになってしまった。
罪悪感を持たないためにも、後ろめたいことは今はしないようにしたい。お金を節約しよう。当たり前だけど。
当たり前が見えなくなるくらい、私は自分を見失っていたのだと気づく。
帰りがけ、あるものでまかなう生活、という本を図書館で借りた。エッセイや文章を書きたくて源さんの昔の本や連載が掲載されている雑誌を借りた。
江口さんからお借りさせていただいたお金でカード代を支払に行こうと思いつつ部屋で源さんのエッセイを読んでいると冒頭のエピソードが「ガス代を支払わなきゃ行けないと思いつつ結局なんだかんだで支払えない」みたいな内容で、源さんに「さっさと支払って気がかり払ってこい」と言われてるように感じ、そそくさと支払いのためセブンイレブンへ。
ありがたく、同時にもうしわけなく思いながら支払わせていただく。
たくさんの恩をもらってきたのに私は忘れてばかり。その理由に、たぶん家のことがあると思う。表面的に離れただけで家族との気がかりは解消できていないことがまだまだたくさんあるのだ。でも、もっとお互いが気がかりまみれであっぷあっぷになる前に一度掃除をしに行けてよかった気がする。
母とは多分、エネルギーコードで繋がっているので、あのおうちに住んでいる母の影響はこちらにもどうしても出てしまう。家の掃除は私の掃除なので必要なことなのだけれども、それでも私1人でやるのには限界があるし人の分を肩代わりすることはできない。私はなんでも許してしまうから家族の分のゴミまでもらってしまうのだけど、それを許しているのは自分自身である。
ちゃんとノーを言って、どこに進むのか決めないといけない。
そして、まず私は自分自身に罪悪感を持たなくていいように、まずは自立し後ろめたい生き方をしないようにすること。
たぶん、私は色んなところからゴミをもらっている気がする。のんきだから「ゴミきれいね」なんて思ってしまい、気づけば自分があっぷあっぷになっているのだ。ああ。そんな自分がアホで可愛いなと思う。
この文章を書いていて、ふと私はやっぱり気が狂ってるのかなとか思ってしまう。でもこんなに周りのひとつひとつに愛を見られる人は他にいない。
今優くんの「母は僕を産んだ」という曲を聴いている。このひとの歌声はほんとうにうつくしい。
なんだか、この世のものと思えないくらいきれい。ああすごい。哀しい。すごくすごく哀しい。
となぜかふと沸いた。
私はようこさんから智慧をいただいて、それをソウルファミリーたちと表現していきたいと思った。私はようこさんが大好きだ。
ああなんか泣けてくる。この曲のせいです。

すごくすごくすごく哀しい。
哀しすぎる。生きてるだけで哀しい。
ってのがふとわきました。
そんな風に思っていることきっと誰もわからないだろうと思ったけど、少しはわかってほしいと思ったりするけど、でもそれも含めてなんてありがたい経験をさせていただいているんだろうとも思う。ねえ、すべてこんなに美しいんだよ。みんな気づいてよ。
うん、でも同じだけ私もわからずやだからさ。
だから、もう反省と恐れは手放していいじゃないか。
誠実に思いをクリーニングして進んでいくだけだ。
帰り、イエボヤのディスク2を観る。リハでさいたまスーパーアリーナのステージ側からの客席をカメラに納めていたのを見て、昔の私は「こんな大人数の前に立つなんてどんな気持ちなんだろう」とか色々思ってたなと思い出す。将来スーパーアリーナでライブをする時の、その気持ちをふと先取りしたような気もした。
晩御飯にお味噌汁とにんじんしりしりをつくって食べた。今の私が求めていたのはこれだと思った。
愛を込めて私に作るお料理だ。これは世界で一番クリーニングしてくれるお料理だ。これでいいじゃん。あるじゃん。と思った。
BBQはやっぱりちょっとかなしかった。正直になると。それでいいじゃん。それでいいよ、ゆみこ。うん。誰も悪くないよ。今日も生きてえらい!なんだかんだでみんなが大好きです。
今日という日を愛しています。ありがとう。今日にさようなら。

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