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【じーじは見た!】 中編:カリスマ経営者に潜む危険性⁉

1998年初版の『カリスマ ~中内功とダイエーの「戦後」』(日経BP社 著者:佐野眞一)を書棚から取りだしてきて記事にしたてました。

日本経済の戦後復興と1985年のプラザ合意を頂点に30年に及ぶ経済停滞に見舞われている日本を考える上で重要な要素が隠れていました。

本編は中編です。是非、前編を読まれてからお読みください。

✅V革の悲劇⁉


カリスマ経営者として本書の中で中内功さんの比較対象として名前があがっていた本田宗一郎(ホンダ)、松下幸之助(パナソニック)、井深大(ソニー)の3名と中内さんの違いは何でしょうか?

ホンダの今の社長は、三部敏宏さん。
パナソニックの社長は、楠見 雄規さん。
ソニーの社長は、槙 公雄です。

何が言いたいかというと中内さんは、業績が立ち直った途端にV革の功労者であった河島博さんをダイエー本体から追い出して、長男の潤氏を31歳の若さで専務に起用し自分が前線に戻ったことが間違いだったと、佐野さんは、その取材から結論づけているのです。

パブリックカンパニーとして長く続く企業として成長を持続するためにはカリスマ経営者は身を引き、プロの経営者に経営を託す必要があるのだと思います。

米国GAFAMのAMAZONのジェフ・ベゾスさんは身を引きました。

マイクロソフトのビル・ゲーツさんが身を引いた後のマイクロソフトは前にも増して絶好調です。

APPLEもカリスマのスティーブ・ジョブズさん亡き後も成長を続けています。

✅V革はプロ経営者が科学した戦略を実行した⁉


本書の記述を引用します。

それまでの現場には、本部の指令どおりやっていればいいんだという空気がありましたが、河島さんが”V革”の責任者に就いたとたん、現場から提案して、現場からやる気をおこさせなければいけないんだという空気が、にわかに生まれてきました。

こんな空気が勝手起こる訳ではないのです。河島さんは、ダイエーの経営を立て直すためにこんなこと👇をやりました。

河島は、”V革”を遂行するにあたって、1963年から始まった大卒定期採用組みの生え抜きを積極的に登用した。(中略)
中内を”カリスマ”と仰ぎ、ダイエーの急成長を担った四十代そこそこの若手メンバーたちと、八十年に入社した中内の長男の潤(丸興常務)だった。
のちにダイエー経営戦略会議と改称されるこの組織で、メンバーたちを一番面食らわせたのは、ダイエーの中枢会議ではいつも正面中央に陣取り、担当者を直接名指ししてこと細かな点にいたるまで指令する中内の姿がなくなっていたことだった。

どこかで聞いたことがあるような若手の登用ですよね。

そう1999年にフランスルノーからやってきたプロ経営者 カルロス・ゴーン改革のクロスファンクショナルチームやプログラムダイレクターと同じです。

ゴーンさんよりも14年も早く、河島さんはV革を実行して成果を上げていたのです。

河島が中山をはじめとする”V革”メンバーたちに口をすっぱくして言ったのは、経営というものは足し算、引き算ではない、結果さえよければよいというのは素人で、経営にはきちんとした句読点がある、そのプロセスこそ大切だ、売上重視主義を利益主義にかえなければならない、ということだった。
それまでのダイエーの経営は、一言でいえば家内工業のドンブリ勘定でした。それを一新したのが”V革”です。
河島が一番心がけたのは、単に売れ筋商品を増やし、死に筋商品を減らして商品の回転率を上げるというよりは、粗利率と在庫回転率を掛け合わせた交差比率を上げることだった。
採算を度外視して安売りすれば在庫回転率はあがるが、粗利率は必然的に低下する。一方粗利率をあげれば、商品の回転率はおちざるを得ない。交差比率とは、この逆相関の関係がバランスよく維持されているかをみるもので、流通業の営業力を判断する最大の指標と言われる。

河島さんが、どうやって交差比率をあげていくことを実行したかというとパートのおばさんにまで徹底する「運動」にV革メンバーを使って盛り上げていったのでした。

それが三・四・五作戦でした。

在庫を3割削減、ロスを4割削減、売価変更してディスカウント販売することを5割削減する運動です。

V革メンバーの平山さんはこんな風に言っていたそうです。

「売上重視主義から利益重視主義へ、なんて言ってもパートのおばちゃんにはなんのことかちっともわからへん。そこで誰にでも分かる三・四・五作戦としたんや」

結果は、84年の交差比率378パーセントが、87年には495ペーセントとなって100ポイントも急伸する成果になって現れました。

また、河島さんは、余分な資産をできるだけ売却して、経営に過大な負担をかけていた有利子負債の圧縮で、見事に業績をV字回復させたのです。

V革メンバーの中山さんは、河島さんを次のように評価していました。

一つ目は物凄い勉強家ということや。(中略)その知識の豊富さはベテラン社員のわれわれでもとても太刀打ちできへんかった。
二つ目は数字にメチャクチャ強かったことや。われわれはつい、”まあ、このくらいのところで”というてしまうが、そんなことを言おうものなら、ものすごい剣幕で怒られた。(中略)
三つ目は会議をとにかく大事にしたことや。”会議はものを決めるところです。そのために議題があるんです”というのが口グセやった。(中略)
最後はすさまじい情報網や。社外に各業界のブレーンをもっとったね。メーカーや商社をはじめ、ものすごいネットワークをもっとった。それが会議でもいきるんや。いま世の中はこないになっとるんだと河島さんから説明されると、一も二もなく説得されてしもうた。とにかく中内社長の時代とは何から何まで全て違うた。

✅V革を誰も語らなくなった⁉


今これを読み返してみるとゴーン改革を先取りしたある意味で日本の経営改革のテンプレートになりそうな成功体験だと思いました。

だけどダイエーは、この成功体験を活かせませんでした。しかも、V革はなかったかのように中内さんに葬り去られます。

さて、それは、最後後編に続きます。

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