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クオリティを大義名分にしない

最近は無意味で下劣なパワハラはだいぶ減りました。先輩が後輩をイジメるようなハラスメントは、今では一発アウトの時代ですからね。上司が部下をイジメたら会社によってはクビになります。

でも、クオリティを大義名分にしたパワハラは無くなってない気がします。と言うか、クオリティを大義名分にしたらパワハラにならないと思っている人がたくさんいます。まだまだ触れられていないのが、このクオリティを大義名分にしたパワハラです。

クオリティを大義名分にしたパワハラというのは、いいシーンを追求するために徹夜で撮影したり、緊張感のある現場を作るために罵倒したり、その人のためを思っての度が過ぎた厳しい指導なんかです。「え?いいモノを作るためには、そんなの当たり前じゃないですか?」と思った人は、クオリティを大義名分にしたパワハラをしている可能性があります。

クオリティの追求がどこに位置するか整理してみますと、クオリティというのは人権の傘下に入っています。人権が守られているという前提があって初めて追求していいのがクオリティです。でも、今までは人権侵害をしてクオリティを追求して来ました。まあ、今でも、ですかね。

本当は「クオリティより人権を優先しよう」と言うプロデューサーや監督が増えないとダメなんですけど、真面目で誠実な人ほど命がけで作ってますから、とてもじゃないけど言えません。

なぜなら、私たちの世代はクオリティこそ絶対だからです。妥協などという言葉を使ったらリンチされて生き埋めにされてしまうのです。ハイレベルな現場ほどクオリティに関しての相互監視が機能しています。

ハイレベルな現場にいるということは、その人は努力してそのポジションを勝ち取りました。でも、そこから弾き出されたくないから、自らもクオリティに関しての相互監視に参加せざるを得ないんです。とてもじゃないけど「クオリティは下がるけど、今日はこの辺にして寝ませんか?」などとは言えません。

特に各部署のスタッフから「監督たちがクオリティを追求するのは分かりますけど、私たちは人間らしいまともな生活をしたいんで、今日の撮影はこの辺で切り上げませんか?」などという意見はとてもじゃないけど言えません。クオリティを追求している監督やプロデューサーにそれを言ったら、クビになるか次から呼ばれなくなるからです。

だからこそ、監督やプロデューサー側から積極的に「クオリティより人権を優先しよう」と言うべきだと思います。まあ、あえて声高に言い続ける必要はありませんが、この人たちはクオリティよりも人権を優先してくれる人たちだなと思われる態度を取る必要があるんです。

私よりも年上の監督やプロデューサーと話すと、オレはこんなに酷いことをして来たんだそ、あるいは今だにしてるんだぞ、という武勇伝を語る人がいます。こんな事を言ってスタッフを困らせてやったとか、スタッフを三徹させたとか、テイク100まで撮ったとか、それを嬉しそうに語るんです。それは裏を返せば「オレはそこまでしてクオリティにこだわっている」というアピールです。

クオリティにこだわることは、クリエイターとしてのアイデンティティに関わることなので、もちろん追求する姿勢が大正解なんですが、あくまでもクオリティは人権の傘下に入っている事を忘れるべきじゃありません。

いやしかし!

人権のためだからといって、クオリティを簡単に差し出せないのが我々の世代です。なぜなら、世界中の名匠や巨匠たちがやって来たことを、いい意味での伝説として崇め奉ってしまっているからです。

有名なのは黒澤明監督が撮影に邪魔な家を取り壊させたとかそういう伝説です。たぶん大げさな都市伝説だとは思いますが、多くの人はそれを面白おかしくもポジティブに語ります。その伝説を吐き捨てるように話してる人を見たことがありません。私たちはそれを監督の究極のこだわりと認めてしまっているからです。究極的にこだわったから世界的な巨匠になったと思っているからです。

他にもそんな話は無数に聞いてきました。広告の世界でもたくさんいました。有名なクリエイティブディレクターだったり、有名なアートディレクターだったり、有名なカメラマンだったり、有名なCMディレクターだったり。皆さんいまだにお元気に活躍してます。

そして、その人たちの下で働いてきた人は、酷い環境で働いていたことを誇らしげに語ります。「人間的には最低のクズなんだけど作るものは最高だった」と口々に言います。

でも、変えなければならないのはそこだと思います。それを認めてしまえば、クオリティを大義名分としたハラスメントがOKになってしまうからです。心の中で思っていても口に出して言うべきではありません。

一方で、ハラスメントとは無縁で素晴らしい作品を作っている人たちもたくさんいます。そういう人たちの存在が「クオリティを高めるためにはハラスメントは必要である」という人たちの存在価値を落としてくれます。そういう人たちがもっと増えて、それがマジョリティーになって欲しいと思います。

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