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麦畑に包囲された蒸留所。『天盃』のNew Direction 2024。

福岡県筑前町。(株)天盃の周辺に広がる麦畑。

■麦畑に包囲された蒸留所、(株)天盃。

カミサンとよく行く道の駅が、福岡市から南に下り、遠の朝廷こと大宰府市を過ぎた先、筑前町にある。道の駅『筑前町ファーマーズマーケットみなみの里』だ。

ここ筑前町の名産といえばまず大豆の「クロダマル」だろかこの枝豆が絶品なのだ。これを食べると、独特の濃い香ばしい風味、他が物足りなくなる。収穫期の毎年10月になると、みなみの里に買いに出かけ、私がよく行く理髪店のマスターやカミサンの友人知人にお裾分けする。召し上がった方々は大絶賛である。

2つ目といえば、。ここは焼酎やビールの原料となる二条大麦、食用や麦茶の原料となる六条大麦の産地でもある。

春は5月、クロダマルの季節はまだまだ先だが、カミサンと「みなみの里」に立ち寄った。道すがら、広がる麦畑がいい眺めなので、カミサンに「麦畑を散歩してみる?」と誘ってみる。

車を降りてしばし歩く。風にそよぐ大麦の穂波が、本当に美しい。ふぅーーーっと深呼吸してみる。空気も綺麗、実に気持ちエエんだわ。

そうそう、名物の3つ目、(株)天盃さんとその焼酎、スピリッツだ。

私のような即物主義者が、麦畑の中をカミサンと情緒的に散歩などするわけがない。この畑の奥に、実は天盃さんの蔵が待っているのだ。内心、ウハウハである。

「こん先に、天盃さんの蔵があるけん、ちょっと寄ってみてヨカ?」

福岡県朝倉郡筑前町森山。周りを広大な麦畑に包囲されたかの如く、蒸留所はそこに在った。

手前に広がる麦畑。中央、土蔵造りの壁に「天盃」のロゴが見える。

■22 Years Later:Coming Through the Barley(22年後、大麦畑をやって来て).

私が天盃さんを最初に訪れたのは、いまから22年前のこと。

この時応対いただいたのは、2011年9月26日に惜しくも逝去された多田雅信社長(当時)であった。

故多田雅信会長(当時社長、2002年6月)

上記画像、雅信会長の左側奥で机に座っているのが当時専務だった多田格現社長のお姿。

多田格現社長(当時専務、2002年6月)

この時、雅信会長が満面の笑みで言われた言葉を今でもRealに覚えている。

雅信会長「昨年やったですか・・・息子に代表権を渡すことができましてね・・・これでもう安心というところですよ。ははは」

ところが、今回伺った際、格社長が満面の笑みでこう話されたのだった。

格社長「無事に息子に代を譲ることができました・・・これでひと安心ですよ。ははは」

22年後、楽隠居中の多田格社長。フロントに立つのは匠専務に任せている。

さて。天盃五代目として造りを受け継ぐのが多田匠専務取締役だ。

現在の体制は、製造は社長、経営は社長と専務で半々に、営業・商品開発・マーケやブランディング、現場運営は専務が遂行する役割分担となっている。社長と専務二人三脚で(株)天盃が前へ前へと進んでいる。

五代目 多田匠専務

今回、蒸留所に立ち寄りたかった理由は、匠専務がカンボジアで一時期を過ごした際に出会った倉田浩伸氏の黒胡椒を使用したリキュール『ペッパースペシャリテ』を購入するためだった。

倉田氏は、ポルポト政権時代の虐殺で途絶えたカンボジアの胡椒づくりを復活させた人物である。

ふだん黒白の粒胡椒を料理に使っている香辛料BUKKAKE派の自分としては見逃せない品。あと一本だけ耐へ難きを耐へて残していた東京町田市のドイツハム・ソーセージ『クロイツェル』さんの『嶋自慢の麦麹使用 焼酎麹発酵サラミ』にぶつけてみたかったのだ。

■多田匠専務が語る、『天盃』のNew Direction 2024。

ところが、ちと状況が変わった。

長居させていただいたとしても、せいぜい1時間くらいかと思っていたら、結局2時間30分が経過していた。それだけ匠専務の話にも熱が入り、こちらも説明に引き込まれたのだった。

思い返すと、三代目雅信会長は飄々とした独特の間と語り口の人だったし、四代目格社長はまさに熱血の弁舌。そして五代目匠専務は、家業に戻る前は東京でネットマーケティングの会社で活躍した経験もあって、先々代先代の熱気にスマートなロジックを兼ね備えた語り部と言えようか。

【格社長談】
「私たちの世代はWindows95が出てきた時に驚いたじゃないですか。でも専務の世代は生まれた時からすでに95があったわけで。環境と認識が違うんだと思いますよ」

表現の持ち味が世代で異なるとはいえ、三代の血脈に共通して流れるのは、頑固なまでの情熱だとしみじみ思った。

専務よりこれから天盃が目指す世界について詳細な説明を受けたが、いかんせん取材にお邪魔したわけではないのでICレコーダーを持参していなかったのだ。スマホなどではマイクが悪く文字起こしAIアプリの認識が落ちる。残念! 以下GG化した記憶力に従って概略だけ。

この時は『ペッパースペシャリテ』に加えて、この4月に発売されたばかりの新ブランド『DISTILLERY COLLECTION』の「No.2230 再醸仕込みTHE FIRST」と「No.2232 Bloom of spirits」の計3本を試飲させていただいた。

3アイテムともに、天盃のNew Direction(新たな方向)を指し示すチャレンジの作。しかも、この『DISTILLERY COLLECTION』は匠専務のFacebookフィードで見かけて気になっていたもの。渡りに船である。

ーーこれはFacebookのフィードで拝見しました。高い度数のお酒が好きなので気になりまして。開発の意図は?

専務 東京から蔵に戻った時にうちのラインナップをじっと見てて、焼酎という概念からいったん離れて新しいコンセプトを打ち立てる必要があると思ったんです。

すでに父と私で醸した『クラフトマン多田』シリーズで、”食中酒として料理とのペアリングで選んでいただくブランド”という基軸を打ち出しましたが、さらに踏み込んだ取り組みがこの『DISTILLERY COLLECTION』だと思っています。

天盃のフラッグシップとして、そしてまた蒸留酒の新しい方向性を示すものとして、もう採算を度外視して造ってます(笑)。これは焼酎という枠からさらに広く、”スピリッツ”という概念にシフトして、プライシングの点でも飛躍拡大を狙うのがコンセプトといいますか。

たとえば、後ろのテーブルに『クラフトマン多田』が並んでるじゃないですか。一升瓶で2000円台後半から3000円台前半の価格設定です。”焼酎”というカテゴリーで捉えると、どうしてもこれまでの値頃感から大きくかけ離れるわけには行きません。

でも、その価格帯だと満足できないお客様もいらっしゃるんですね。

ーーアッパークラスのユーザーでしょうか。

専務 ユーザーご自身が属するClassに見合った商品なのか、レベルの高い選択眼に適うアイテムであるのかどうか。ご自身にとって美味しいことは前提でしょうが、他者から見られても誇りが保てるもの。そういうマインドを踏まえて、”焼酎からスピリッツへ”というコンセプトで捉え直したなら、度数や商品性、プライシングの点でも変化と飛躍が望めると思うんです。

ーーなるほど。

専務 焼酎の場合、高級化・高付加価値化を目指すとなると、手法として長期貯蔵の古酒か樽貯蔵というのが一般的かと思います。しかし、天盃としては、蒸留酒としての新しい方向性を追求したかったんですね。


たとえば、「No.2230 再醸仕込みTHE FIRST」は、日本酒の貴醸酒の醸造方法を取り入れたもので、蒸留酒としては日本初とされる。焼酎醪の発酵途中で、それ専用に2回蒸留した焼酎を加えてさらに蒸留した作品である。

貴醸酒とは、日本酒造りの工程の最後である三段仕込みの留(とめ)の段階で、仕込み水の代わりに日本酒を入れて仕込んだ日本酒のこと。アルコールの生成が止まって糖分が残るため甘味が増す。

私はもともとアイラ系のカスク・ストレングスが好きなので、高度数のクセ酒は趣味に合う。62〜64度の『DISTILLERY COLLECTION』は”待ってました!”というお酒だ。

「No.2230 再醸仕込みTHE FIRST」は蓋を取った瞬間に瓶から芳香が拡散する。天盃独自の二度蒸留によって、熟成期間は短いながらも、味は実に円やかだ。含み香がとても甘い。

特に「No.2232 Bloom of spirits」の方は、含むと複雑で重層的、良い意味でクセのある味と香りが広がって驚く。ほんと分厚いんだよねえ、味わいがね。どちらも、水を1〜2滴垂らすと、風味が開いてさらに膨らみが増す。

『ペッパースペシャリテ』の方は、ストレートもいいが、ソーダ割りでさらに胡椒風味が引き立って美味。そこで専務がグラスにadd onしたのが、ミルで挽いた倉田氏のカンボジア黒胡椒。香辛料BUKKAKE派としては堪えられません。黒胡椒の酒、おもしろい。

カンボジア胡椒マシマシの『ペッパースペシャリテ』

ーーシリーズ前作の『コーヒースペシャリテ』も今井さんとナンシーさんが焙煎した豆を使った2タイプを購入して飲みましたが、この『ペッパースペシャリテ』も別の個性があって、実におもしろいですね。

専務 はい。お酒を買って飲んでいただく、というよりも、焼酎やスピリッツを通じた新しい体験、これまでにないExperienceをお届けする、ということがこれからは大切じゃないかと思うんですね。

弊社の商品を通じて、今までとは違うお酒の世界、未知の味わいを発見をしていただけたらと願っています。

祖父(故雅信会長)は、かつての致酔飲料としての焼酎から、文化的な裏付けのある存在となるよう奮闘してくれたんですが、その志を受け継いで、頑張っていきたいと思っています。

■サラミとともに。〽チュチュチュチュ舐めてる いいじゃないか

『ペッパースペシャリテ』を買って帰るつもりが、専務の口上にノセられて『DISTILLERY COLLECTION』「No.2230 再醸仕込みTHE FIRST」も一緒に買ってしまった。うぬ。

名は体を表す、専務はお名前のとおり、セールストークも”匠”であった。

帰宅。ウハウハ。サラミにはまず『DISTILLERY COLLECTION』をぶつけることにした。選りすぐりの品どうし、長広舌はご退屈、実に旨いね。またサラミ1本、即決で喰いつくしてしまったよ。

『ペッパースペシャリテ』には、改めてサラミとビーフジャーキーを買って再挑戦するつもり。はてさて、どんな体験がまた待ち構えているのだろか。楽しみだ。

現在の「天盃」を見守っているかのように鎮座する、初代多田十太郞時代の量り売り用陶器樽。


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