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超人気企業の人々2 :武将の末裔

会社という組織には、いろんな「ご子息」がいらっしゃる
ご子息には大きく分けて2種類あり、経営陣のご子息と取引相手のご子息に分けられる

ガバナンスがしっかりしている会社の場合、経営陣のご子息が入社することは制限されているが、一方で取引相手のご子息は、いわば人質なのでたくさんいる
物語の中で出てきた拳銃は発射されなければならない、とは「チェーホフの銃」と呼ばれる創作におけるルールの一つだが、世間で一流と呼ばれる企業の場合、豊田という苗字の社員がいたらトヨタ自動車の創業者一族と関係あるし、三井だったら三井財閥の一員だ

そんな超一流企業に、「俺はある武将の末裔だ」と言い張って入社した奴がいた
実際の武将の名はここでは出せないので、ここでは伊達政宗としておく
彼は「俺は伊達政宗の末裔だ」と言い張り、超人気企業に入社した
彼の苗字は当然「伊達」である

伊達は伊達政宗の末裔を名乗るだけあり、最初から全てが違っていた
新入社員たるもの、初々しさに溢れ、その初々しさを盾に多少の失敗も許してください、という甘えがあるが、伊達の場合、彼は最初からプロフェッショナルだった

着ているスーツには一部の隙もなく、少なくとも新入社員が着るレベルの生地ではない
かと言って、社長が着たらあまりにも豪奢すぎて放漫経営を疑われる
聞いたら伊達家には「ひと成り一千万」という哲学があり、それは、男が一人前に見える格好をするには一千万円必要だ、ということらしい
スーツは男の鎧というが、伊達家の場合、鎧という単語が出てきたら、それは比喩では済まないのだろう

伊達は常に語尾をはっきりと喋る
曖昧な言葉は使わず、口籠もることは決してない
戦場で指揮を出す武将の語尾が曖昧だと、兵は指示がわからなくなる
武将の末裔たるもの、常に兵に指示を出すように喋るよう、幼い頃から躾けられてきたのだろう
喋り方や歩き方は一朝一夕では身に付かないのだ

その上で、伊達の言葉遣いは完璧だ
社会人として、使うべき言葉を全て知っているので、話す相手が社長だろうが大臣だろうが常に安心して聞いていられる
それでいて、頭が切れ、英語と中国語は完璧だ

そんな伊達の頭はポマードで固められていて、イルカの皮膚のような黒々とした光沢を放つ
常に相手の目を見て話し、その鋭い眼光に晒されると、脈のわずかな乱れさえ見透かされるような気になる

他の同期がナップサックなどを下げて出社する中、伊達の手にはアタッシェケースが握られている
その中に拳銃が入っていても、もはや誰も驚かない
そして、同い年だと言われても、決して信じられない

私は、面白いやつに会いたい、と思って、1万人受けて50人しか採用しないこの会社を選んだので、同期の中に伊達を見つけた時は嬉しかった

そんなわけで出会って早々、伊達と一緒にナンパに行くことになった
当時はバブルの末期で、六本木はイカした街だった
私は地方から出てきたので東京のことは何も知らないが、伊達がクルマを出す、というから六本木のロアビルの前で待っていた

約束の時間になり、白い車がそこに止まった
中から伊達が降りてきた
私はクルマには詳しいが、そのクルマは初めて見た
これは何だ?と聞くと、マセラッティ・ロイヤル、と伊達は答えた

5人家族で1人一台ずつ持っていて、ACコブラもあるが、それはうるさいので今日はマセラッティにした、という
ドアを開けると中は白い革張りで、後部座席にキャビンがあった
開けてみると、そこにはシャンパンが冷えていた

ところが、実際に街ゆく女の子に声をかけてみても、普通の女子はマセラッティを知らない
BMWくらいが一番わかりやすいのだ
そんなわけで多少苦戦したが、何とか二人組をゲットしてドライブに出かけた
2人は大阪から東京に遊びにきていて、ならば東京の名所を案内してあげよう、と東京タワーに行ったり、ベイブリッジに行ったり、山下公園へ行ったりした
もちろん全て伊達の運転だ
結局、その2人とはどうにかなることはなく、泊まっているホテルに送り届け、それで解散となった

翌日、その2人のうちのどっちが良かったか、という話で伊達と揉め、話が決裂すると伊達は機嫌が悪くなり、昨日のガソリン代を払え、と言ってきた
私が、貴様それでも侍か、と一括したら、以来、伊達とは少し疎遠になった

だが、私にとって伊達はその後も憧れのスターのような存在であり続け、中でも以下のエピソードは私のお気に入りだ

入社してから約10年後、伊達は仕事で某国へ行った
その国は独裁国家で、普通のルートでは入国できないので、伊達はある使節団の一行としてその国に入った
伊達はそこで重要な情報を入手できる機会があることを知ったが、その情報を提供する人物に会おうとすると、使節団が乗る空港行きのバスに間に合わなくなる
独裁国家なので、空港行きの電車やバスが走っているわけでもない
もし時間内に空港に戻ることができなければ、伊達は独裁国家に1人取り残されることになる

しかし伊達はそれでも極秘情報を入手するために使節団とは別行動をし、結果、重要な情報を入手した
だが、空港へ行く使節団の乗るバスは既に出ていた
伊達の掴んだ情報は、その時点では価値があったが、一日経てばどうなるかわからないものだった
その情報が価値を保つためには、飛行機が飛び立つ前に空港に戻り、日本へ帰らなければならなかった

しかし伊達は焦らなかった
車が走っている通りに出ると、通りかかったベンツに向かって当然のように右手を上げた
ベンツはタクシーではなかったが、伊達の前でピタリと停まった
伊達が当然のように後部座席のドアを開け無言で乗り込むと、運転手は振り返って伊達を見た
伊達は、エアポート、と一言だけ発し、右手を振り下ろし、人差し指で前方を指した
運転手は当然のように振る舞う伊達に何も質問することもできず、すぐにクルマを発進させた

ベンツで走っていると、すれ違う普通の人々はそこに国家の偉い人が乗っていると思って皆、ひれ伏すように頭を下げていた
独裁国家なので、ベンツを見れば反射的にそうするらしいのだ

しかし、ベンツの運転手から見ると、そこには違った世界が見えてくる
道路脇を、いかにも幹部です、という出立の高級スーツを着た男が歩いていて、そいつが当然のように車を止める仕草をしたら、止まらないわけにはいかない
なんせ独裁国家である
幹部に対して失礼をしてしまったら、自分の命が危ない
しかも伊達は武将の末裔
その国の幹部よりも、遥かに偉そうに見えたはずだ
ベンツが停まったのは偶然ではなく、当然だったのだ

そうやって伊達は悠々とベンツで空港に戻り、日本へ帰る飛行機に間に合った
そして我が国に重要な情報をもたらした

そんな伊達だが、定年を待たずして会社を辞めた
そんな伊達でも、この会社では偉くなれなかったのだ
考えてみればそれは当然で、伊達は400年前の支配層
会社を牛耳っているのは現代の支配層なのだ

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