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意識は現生人類の専売特許か

私は夜空を眺めるのが好きだ。日々の暮らしに少々疲れた時なんかに夜空を見上げると暫し日常の雑事から解放された気分に浸ることができるからだ。そして暫く夜空の星々を眺めていると、広大無辺な宇宙の中でなぜ私がこの時代の、この「地球」という惑星に生を享けたのか、なんとも不思議な気がしてくるのだ。しかも私たちの周りに広がるこの宇宙は138億光年(膨張宇宙論に従えば約470億光年)の広がりを持つ過去の世界なのだ。言い換えれば「光速の壁」が打ち破られない限り、私たちは今現在この瞬間に宇宙で起きていることを直接知る術はないのだ。

とはいえこの宇宙には、今この瞬間にもきっと多くの知的生命体が存在していると考えるのがむしろ自然だ。そのなかには私たちに近い生命体もいれば、私たちが考える「生命」の概念を遥かに超えた意識主体も存在するであろう。もし彼らが私たちの脳(および感覚器官)と全く異なる認識システムを有しているとすれば、彼らの認識システムに宿る意識(心)とはいったいどのようなものなのだろうか。

そもそも私たち人間はいつ意識を獲得したのだろう。私たちが日常的に使用している自然言語を獲得した時点だとすれば、一定レベルの言語能力を有していたとされるネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)のような旧人にも当然ながら意識は宿っていたのではないか。私自身の経験からすれば少なくとも3歳頃までには既に自己意識があったことを朧げながら覚えている。それではそれ以前には意識がなかったのだろうか。今となってはなんとも言えないが、意識はある時点で突然宿ったというよりは知能を獲得していく過程で徐々に形成されていったのではないかと考えている。

そうであれば現生人類(ホモ・サピエンス)やネアンデルタール人のみならず猿人や原人にも意識の萌芽段階もしくは自己意識獲得以前の意識(すなわち「心」)があったはずであり、現在のチンパンジーやボノボやオランウータン、あるいはイルカのような比較的知能の高い動物にも「心」が宿っている可能性が高い。もちろん、その場合の「心」は私たち人間の「意識」とはかなりの隔たりがあるだろうが・・・。さらには犬や猫などのペットにも「心」があることを感じとっている飼い主が少なくないのではないか。

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