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関取花 連載第23回 ペヤングソースやきそば

先日中川家さんのラジオを聞いていたら、剛さんが「ペヤング方式」についてお話されていた。簡単に説明すると、たくさんの変わり種の味を発売することで結果的にスタンダードなソースやきそばが引き立って、あらためてその美味しさに気付くというものである。

これは非常に興味深い話で、何もペヤングだけの話ではないなと思った。たとえば私にとってスニーカー界のソースやきそばはCONVERSEのチャックテイラー、黒のハイカットである。新色やローカット、スリッポンタイプやワンスターなどいろんな種類を試してきたが、結局はここに帰ってくる。なんとなく落ち着くというか、これさえあれば本当は十分なんだよなと思っている。

ペンだってそうだ。私はよくイラストを描いたりするのだが、ペンでいう私のソースやきそばはPILOTの筆まかせ、極細の黒である。用途に合わせて細字タイプやその他の色など使い分けてみたりもしたのだが、やっぱりこれで描くのが一番しっくりくる。HIROBAでのイラストやホームページのバナーなども基本的にはこのペンで描いている。

筆ごこち

その他にもあげたらキリがない。化粧品やギターの弦なんかにもそれぞれ私にとってのソースやきそばがある。では、音楽はどうだろうか。自分の曲の中でいうソースやきそばって、一体。これって実はすごく難しいところで、ミュージシャンならば一度はぶつかる壁なのではないかと思う。

たとえば、自分の中ではペヤングでいう“激辛”とか“超超超大盛GIGAMAX”などの変わり種的に出したつもりのものが、良くも悪くも大ヒットや大反響を呼んだ一発目の作品になってしまった、なんてよくある話だろう。本当はそうじゃないのに、それがその人のソースやきそば的なものだと思われてしまうことだってざらだ。

そうなると当然作っている側には葛藤が生じる。でもウジウジしている暇もそんなになくて、次の一手を準備しなくてはならない。じゃあどうするかという時に、同じようなものを出すか、いや自分はこっちじゃないんだと舵を切るか、また悩む。焦って船を進めて自分を見失ってしまうこともあるだろう。だからなるべく失敗はしたくないし、間違いたくもない。

私もそれが怖くて、少し前まではとにかく自分の曲でいうところのソースやきそばを早く世に出したかった。それが真っ先に売れてほしくて、まずはそれを認知してほしくて仕方がなかった。私はこういう音楽が好きでこういう考えの人間なんです、というところを早めに明確にしておかないと、自分の居場所がなくなるような気がしていた。かといって「じゃああなたにとってのスタンダードって何なの?」と聞かれても、自信満々には何も答えられなかったと思う。自分でも心のどこかでまだ経験不足だとわかっていたからだ。

単純に歳を重ねたのもあるが、今はそういう焦りはあまりない。スタンダードを作るのがどれだけ難しくて時間がかかることなのか、また時間をかけるべきことなのか、ようやくわかってきた。あれでもないこれでもないを繰り返さずにスタンダードが完成するわけがないのだ。急いだって仕方がない。いろんな経験をして失敗もして、たくさんの意見に触れてたくさん曲を作って、その中で最後にやっぱりこれだと思えるものが、私にとってのペヤングソースやきそばなのだろう。死ぬまでに完成すれば幸せくらいのもんだと思いながら、日々音楽を楽しんでいければと思う。

と、ここまで書いたところでちょうどお腹が減ったので、さっき久しぶりにペヤングソースやきそばを食べた。お湯を注いで待つこと3分、湯切りをしてソースを入れると、「ああ、これだ」というあの香りがした。久々に食べたらもちろん美味しくて、それに加えてあっさりしているのになんだか奥深い味だと思った。甘すぎずこってりしすぎない、さらっとしたペヤング独特のソース。良い意味でマヨネーズなどがいらない必要最低限の、でもこれ以上はいらない最高にかっこいいペヤングのスタンダードだと思った。こんな曲を私もいつか作りたい。

やきそば修正イラスト

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関取花(せきとり・はな)
愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けているミュージシャン。NHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等多くの夏フェス出演、初のホールワンマンライブの成功を経て、2019年5月にユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。
ちなみに歌っている時以外は、寝るか食べるか飲んでるか、らしい。
関取花オフィシャルサイト


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