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【建築】森山邸(西沢立衛)から"快適"とは何かを考える

住宅における"快適"とはなんだろう?
もちろん人それぞれだし、快適性にはこだわりがなく、「寝られればOK」「家賃優先」「場所優先」という人もいるだろうが、それはそれとして、今回は住環境における"快適"を考えてみた。




都内某所。
ごく普通の民家が立ち並ぶ一角に、その住宅、いや正しくは集合住宅はある。

森山邸

間違いなく日本の住宅建築の歴史においてその名を残す建築である。


わざわざ説明するまでもないことだが、通常の集合住宅では、1棟の建物に各戸が入っている。場合によっては大家さんの部屋もある。

ところが森山邸は、階数も広さも間取りも異なる箱状の建物が、バラバラに独立して建てられているという変わった建築なのだ。町の中に町があるとも言える。
基本的には1戸1棟であり、室内には居住スペースとトイレ・風呂が付いているが、トイレや風呂が"はなれ"となっている棟もある。それらは居住スペースとガラスの通路で繋がっていたり、雨天には傘が必要となる完全独立の棟もある。


その森山邸の一室で自由に過ごすことのできるプログラム(もりやまていあいとう)があり、それを利用して、わずか半日であるが実際に過ごしてみた。



間取り

滞在したのはI棟(あいとう)と呼ばれる部屋。

いわゆる玄関はない。スチールの開き戸があり、その内側にガラスの引き戸がある。庇はないので、雨の日は素早く室内に入らなければならない。


上がり框(あがりかまち)もないので、靴はマットを敷いて置くことになる。


室内は正方形に近い広さ20平米のワンルームだが、天井高が4.3mもある。


一般的なワンルームマンションでも25平米以上(トイレ・風呂含む)あるので、それより狭いが、広く感じるのは高い天井のためだろう。



生活機能

このプログラムでは、森山さんが好きな家具や小物が予めセットされており、短時間の滞在であれば、何不自由なく寛ぐことが出来る。


椅子はSANAAのデザイン。立て掛けられたポスターと観葉植物が良い塩梅。


右の椅子も同じくSANAAによるドロップチェア。"ドロップ"というからには滴をモチーフとしているのだろうが、潰れたアンパンか赤血球のようでもある。
真ん中の球体は押すとよく転がる。まあ普通の球なのだが、一体何なのだろう?

後で教えてもらったところによると、妹島和世さんがデザインされた某建築コンペ受賞者向けのトロフィー(花器)だったらしい。さすが妹島さん!


先ほど「広く感じる」と書いたが、家具が少ないことも要因だと思われる。実際に生活するとなるともう少し家具が必要となるので、場合によっては狭く感じるかもしれない。ミニマリストとして生活するのであれば別だが、ほとんどの人にとってはそうはならないだろう。


コーナーには備え付けのミニキッチンがある。

料理に励む人には少々物足りないかもしれない。


トイレと風呂は地下にある。普段はこの状態だが、

床下収納のように開く。秘密基地に出入りするようで面白いが、毎回開け閉めするのは大変そう。面倒なので、私だったら開けっ放しにしてしまうかも?


バスルームはモノトーンでシンプル。開放的とまでは言えないが、ドライエリアから自然光が入る。


ディテールにはあまり興味ないのだが、それでも思わず目が行くカーテンレールの納まり。



自然光

この建築の特徴の一つは、なんといっても大きな窓である。窓から入る充分な自然光は想像以上に快適な空間をもたらした。壁に映し出された光や影が、時間と共に移ろいで行くのも良い。



外部との関係

森山邸が特殊なのは、隣り合う建物、それは森山邸内だけでなく道路を挟んだ隣の家も含めた相互の関係にある。

基本的には隣接する箱とは窓の位置をずらしている。例えばI棟の大きな窓からはA棟が見えるが、具体的な様子までは分からない。しかし夜になれば部屋に明かりが灯り、人が居ることくらいは分かるだろう。

逆にA棟からはI棟の一部が見える。ただしストーカーのようにずっと観察していればの話だ。
つまり、何となく気配は分かるが、それ以上は分からないという関係だ。どうしても気になるのであれば、カーテンを付けることも出来る。


次に道路側との関係を見てみよう。こちらはモロ丸見え!


実は最初は気になり、カーテンを閉めて過ごしていたのだが、


ふと思い立ち「どうせ数時間のことだから」とカーテンを開けて過ごしてみた。


途中で何人もの人(と猫)が通り過ぎたが、私は全然気にならなかった。それより開放性・快適性の方が遥かに勝っていたからだ。多分近所の方々もこの光景には慣れているのではないか? もちろん日々の生活の中では見られたくないこともあるので、カーテンは必要となるだろう。


外からはこう見える。

見られることを意識して、ショーウィンドウ的に窓際に何かディスプレイすることもアリかもしれない。



森山邸には露地のような小さな庭が張り巡らされており、四方が庭に囲まれた棟もあれば片側が道路に面した棟もある。それが隣との境界を曖昧にしており、各戸は繋がっているとも離れているとも言える。

小さな庭ではあるが、木々がよく育っており、コレがまた良かった。


例えば、大きな窓からは蜜柑の木に残った果実を啄みにやって来たメジロが見えて、室内からでも季節の趣を感じることが出来る。


日本の建築には「庭屋一如」という言葉があるそうだ。「庭と建物は一つの如し」という考え方で、建物のみならず庭も一体として計画するという意味だ。また前述したように、各戸には玄関らしいものはなく露地のような庭から入るのであるが、これは茶室の特徴でもある。(茶室の光は陰翳礼讃的でもあるので、そこはちょっと違うが)

そう考えると、森山邸は多分に日本建築の要素も持った建築ともいえる。




今回は晴れた日の半日の滞在であったため、明るい空間の中でとても快適に過ごすことが出来た。しかし実際に住むとなると色々苦労はあると思う。

収納スペースがない。
エアコンはあるが、鉄板構造なので、夏は暑く冬は寒くなりやすい。等々

特に"隣"との関係はポイントになるだろう。"ハッキリとは分からないけど、何となく存在が分かる"という関係だ。それを快適に感じるとまでは言わないが、日常のこととして受け入れるか否かだ。
一昔前ならそれは当たり前のことであったが、現在では、プライバシーは完全確保したいという人も多い。隣の家の音も聞きたくないし、自分が家に居るかどうかも周りには知られたくない。その気持ちも分かるが、そういう方はこの森山邸に住むのは難しいだろう。



余談だが森山邸は、機能毎に分棟するという建築の一つの流れを生み出した。
設計者の西沢立衛さんの作品でも十和田市現代美術館や、

SANAAとしてグレイス・ファームズなどが挙げられるが、


そこでの体験は森山邸とは全く違っていた。そもそも機能やボリュームが異なるが、これらが分棟形式で建てられた狙いは"お互いの気配を何となく感じる"ではないはずだ。「じゃあ何だ?」という話だが、それは…、何だろう?(笑)



追伸:
見学後にオーナーである森山さんにもお話を伺うことができた。有名建築に住むことによるご苦労もあるらしいが、そんな中でも森山さんが楽しんで住んでいらっしゃることがとても印象的だった。
「森山邸と言えば西沢立衛」とイメージするほど設計者が有名だが、住宅というものは最終的には"施主力"だよなあと改めて思った次第である。

案内頂いた関係者の皆様にも改めてお礼申し上げます。
ありがとうございました。




SANAAの建築


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