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意外と身近にある『空(くう)』という物事の捉え方♪

こんにちは。
田中裕子(たなか ひろこ)です。

先日、ある経営者さんの話を聞いて確かになぁ〜と思ったことがあったので書きたいと思います!

それは、、、

題名にもしましたが、仏教の考えである『空(くう)』というものです。
みなさんはご存知でしたか??
私は特に特定の宗教に入っているわけではないので普段からその考え方を認知して生活はしていませんでした。
しかし『空』はどこにでもある。かなり身近なものだったのです

それでは『空』についてお話しできたらと思います。

『空』とは?

「空」は、仏教思想において最も重要な教えの一つです。空は無と有、否定と肯定の両方の意味をもつが、世間では「から、あき、むなしい」等の意味で把握され、「無」の面だけが強調される傾向にある。
仏教では様々な諸条件によって自分やモノゴトが存在している、成立していると考えます。
大谷大学 読むエッセイより
固定的で不変なモノゴトは無いですが、諸条件が構成した結果としての存在はあります。
ここに小枝が2本あります。左の小枝は右に比べて長く太いです。
この左の小枝は、長く太い小枝、右は短く細い小枝です。
しかし、さらにもう一本、より長く太い枝を加えたらどうなりますか?
今まで、太く長い小枝だったものが、中くらいの小枝に変化します。
この小枝に与えられていた属性・ラベリングが変化しました。
属性や肩書、ラベルは比較するもの、状態、月日によって変化し固定的ではありません。しかし、枝としての存在はどのような属性が与えられても存在しています。
この場合、小枝の長い短いや太い細いなどラベリングが「空」という事になります。
私たちにも、肩書や地位、属性などが常に存在しています。しかし、それは常に条件によってたまたま与えられているだけで、固定的ではなく変化をしていきます。
しかし、変化をしながら自分は存在し続けていきます。
この変化しながら存在するという考え方が「空」です。
日蓮宗HPより

上記の小枝の例のように確かにそのものの存在自体は変わらないけれど状況や環境、そのものの肩書き、位置づけなど様々な要因がそのものを変えていく。
そしてそのもののを見る人の捉え方次第で良くも悪くも何にでもなるということに気付きました。

そのものにどう価値をつけるかは自分次第

この人生100年時代、生きていくのであれば自分にとってプラスになるように物事を捉えて楽しく過ごしていきたいですね♪♪

では、また〜

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