なぜ書くのか?①

昨年末にnoteを本格的に始めることを決め、
約1か月が経とうとしています。
やりたいこと、ありたい姿、気になった日常。
何本か書かせていただきましたが、
そもそも、「なぜ書くのか?」については、
まとめていませんでした(-_-;)
1か月やってみて、始める際に何を考えていたのか?
を、少しまとめてみたいと思いました。
本日はそんな話。

1.アウトプットの方法を増やす

建築設計やプロジェクトマネジメントを仕事にしている私ですが、
日頃いろんなアウトプットを試みます。
デザインにおいては、
スケッチ、図面、模型、もちろん文章にCG。
(VRやARもやってみたい。やらなければ!)
プロジェクトのマネジメントでは、
工程、予算書、コンセプトワークなどなど
アウトプットには多種多様な形態が存在し、
それらは「誰かに何かを伝えるもの」であります。
その中でも自分にとって何よりも脆弱な「文章」で伝えることを、
もっとトレーニングしてアウトプットの方法を増やしたいという気持ちが
湧いてきたため、始めた次第です。

2.構成が必要な文字数を的確に書くトレーニング

大学、大学院と論文もどきを書いた経験はありつつも、
それ以降、書くという行為にまともに向き合ってこなかったので、
アウトプットの中でも最も脆弱なスキルになってしまいました。

他のスキルが十分かと言われれば、まったくそんなことはなく、
スケッチから図面表現全てにおいて日々鍛錬をしなければならないことは、
重々自覚しつつではありますが。。。

文章を「読む」ことは好きなのに、アウトプットのツールとして「書く」ことは全くしてこなかった。そんな自分の思考的怠惰を叩き直したい。
大学や研究機関の研究者であれば論文を執筆することを定期的にやったり、
専門誌などに論考を寄せるニーズがある人ならコンスタントに1万字程度の文章はやすやすと書けるだろうし、本を出版する人ならその数倍は易々と書くことができるでしょう。
そんな人達と同じくなりたいわけじゃないけれど、伝えたいことが伝わらないのはもったいない。
日々自分の考えていることや、プロジェクトや社会に対して感じ考えることは多いのにイメージや思考の構造を曖昧なままに放置して流してしまったことたちを今からでも構成があるものに組み上げてみたい。

私はSNSを基本的にやりませんし、呟きもしません。
断片的な思考の断片ではなく、構造や流れのある文章を書くことで、
この先につながるものを残したいという気持ちです。

3.構造をもった文章を後から見返してみる

1つの記事あたり1500字程度を目安に文章を考えると、
呟きの最大文字数の約10倍。原稿用紙4~5枚程度。
この文字数になると、何も考えずには書けません。
何かしらの構造や流れがないと断片の連続に過ぎず、
文章とは言えないものになってしまいます。

気になることを気になることとしてだけ放置せず、
それらに自分なりの構造を与えてみる。
そんなトレーニングを日々やってみた上で、
自分の頭の中身をレビューしたい。

設計では、ある環境のもとで生活スタイルや空間の豊かさ
構造、設備、素材など複数の要素を組み上げることこそ、
建物が建築になりうる構築する行為と思っています。
何事も捉えた断片と組合せには作成する人の個性が出るので、
自分の構築力の変化や共通点を探ってみたい。

年間100本の記事を書いたとしたら、15万字程度の内容となり、
内容の共通性はともかくとして新書1冊分(200ページ程度)にはなります。
その内容を増やしたり数年続けることで自分の中身をえぐり組み直したい。
40歳はとうに過ぎてしまいましたが、10年くらいは続けたいですね。

4.会話にフィードバック

私の悪い癖として、話ながら考える、考えながら話す。
ことが、癖になっています。
物事の考え方にある一定の評価基準が自分の中に存在するので、
そんなに困ってしまうことがないことが、困ったことになっている。

誰かと打合せしたり会話する際に口から出まかせのようには、
情報が出せる。(他のアウトプットよりは少し上手かもしれない)
そのアウトプットは誰かに残るかもしれないけれど自分には残らないことが、非常に多いと感じています。

日々のこと、自分の中にストックされた考えに少しづつでも、
構成や構造を与えてあげることで、日々のコミュニケーションの質が上がればいいと考えています。

話題は散在しているし、共通点はないかもしれない。
それでも、宇宙に広がる星々に人が形を与えるように、
立体的につながるように、欠片をまずは撒いてみます!

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