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本「ベンチャーキャピタリスト」と日本への示唆

本書はベンチャーキャピタル(VC)という産業が社会でどんな役割を果たしているのかをキャピタリストのインタビューを交えながら伝える一冊だが、非常に価値の高い1冊になっている。自分が考える本書の意義についてまとめてみたい。


トップティアのベンチャーキャピタリストのインタビューを1冊にまとめたことの価値

これだけの各国のトップティアのキャピタリストのインタビューが1冊にまとまっていることはまず、それだけで価値がある。

本書でも述べられている通り、そもそもVCという少数精鋭の投資チームがどのような考え方で投資しているかをここまでインタビューしてまとめたものは非常に限られている。

インタビューは米国のスタートアップにとどまらず、ヨーロッパ、アジア、アフリカといった各国のベンチャーキャピタリストに行っており、投資テーマも幅広くカバーしている。

実際にこれだけのインタビューを行うためのコネクションや労力を考えるとそれを考えただけでもこの1冊でアクセスできる価値は高い。

市場を席巻するスタートアップの資金調達の裏側

本書が面白いのは、各VCの投資戦略が理解できるだけでなく、現在マーケットをリードするスタートアップが黎明期にどのように出資を集めていったかのプロセスをキャピタリストがインタビューで語っている点だ。

スポーティファイ、テスラ、ウーバー、モデルナ、SEA、バイトダンス、ビヨンドミート、イルミナ、ワイズなど、いくつかは聞いたことのある企業もあるのではないか。これも取り上げられている投資案件のほんの一握りである。

投資の裏には起業家の能力と熱意に伴走するキャピタリストの姿があり、そのビジネスに対してお金だけではなく、人材支援や、過去のベストプラクティスの共有などを通じて成長を加速させる。またトップティアのVCの投資はそれだけでアナウンスメント効果があり、スタートアップの成功確率の上昇につながる。

テクノロジーの進化が投資戦略自体のアップデートを生み出し、新たなVCが生まれていく

スタートアップが過去に積み上げられてきたテクノロジーの上で社会を捉え直し、新しいイノベーションを生み出しているように、VCの投資戦略もまたテクノロジーの進化に基づいて生み出されている。

SaaS等を提供するスタートアップへのマイクロインベストメントは、AWSのようなクラウドインフラの発達によって初期投資が大幅に削減できるようになったことから進んだ。

フィンテックやバイオテックなどをテーマとした投資も旧来の産業の非効率をテクノロジーでディスラプトする余地が大きいから生まれてきたものだ。

提供するサービスのKPIに関するデータに基づいて優れたパフォーマンスを出すスタートアップのみに投資を行うといった戦略もそれに対応するようなデジタルな分析ツールの構築が実現できるからこそ可能となる。

VC側は新しい投資の切口を見つけるためにはスタートアップ以上にその分野のテクノロジー動向に詳しい必要があるだけでなく、自身もどのようにそのテクノロジーを投資戦略に利用するのかということが問われている。

スタートアップ投資のハードルを下げ、現在の投資環境のバイアスに問題提起するVCの登場

加えて、伝統的なVC投資の抱えるスタートアップのペインポイントを解消するようなアプローチも重要になってきている。

白人男性が中心のコミュニティでしか投資されていない米国のVC業界に対して、世界各国に拠点を構えるVCがチャレンジする構図や、女性や性的マイノリティ、白人以外の人種といった起業家に投資を行うVCなど、起業家自体のダイバーシティが改善しようという動きがある。

加えて、VCによる株式の取得ではなくD2Cなどではレベニューシェアを条件に投資するパターンや、クラウドファンディングで資金を調達するといった動きもある。これらはVC保有の資本比率を下げることで、より柔軟に起業家が経営に取り組める環境を提供している。

また、エンジェル投資家などの後押しによってリターン以上にESGや社会の変革を軸に投資を行うVCも存在する。

このようにVCのビジネスモデルに対しても新しいVCによるチャレンジが常に行われている。

本書から日本への学び

よく言われることだが、日本のスタートアップのゴールが東証への上場になっており、日本のVCもそれによるイグジットを狙っているが故に、日本だけでなく世界を塗り替えようという視座のスタートアップが誕生しにくいというのが現状なのかもしれない。

必ずしも全てのスタートアップがグローバルな社会課題解決を目指すべきと言うつもりはなく、日本の課題を解決するスタートアップにはその意義がある。
一方で、その物差しだけで全ての日本のスタートアップを評価しようとすると、本当はもっとグローバルな社会課題を解決しうるスタートアップの成長の機会を損失している可能性があるのではないか。

狙うマーケットサイズによってそのスタートアップの評価額は大きく変わる。本書では投資家と起業家の2人3脚によってグローバルに展開されるスタートアップが生み出されていることを語っている。投資家サイドの視座が国内マーケットに留まるのであれば、投資されるスタートアップもそれ以上の成長を望めない。

また本書では、トップレベルのスタートアップには限られたVCしか投資機会も与えられず、そのコミュニティに入ることの重要性も語られている。前述の通り、そうした閉鎖的な環境に対してチャレンジするVCも出てきているが、機関投資家が主なLPである場合、信用の高い成功しているトップティアのVCにお金が集まりやすく、そういったVCが有望なスタートアップに先行してアクセスできる機会が大きいことは変えられないだろう。日本のスタートアップをこうしたVCに売り込もうと思うとそこに繋がっていることが必要になる。

北欧のクランダムのパートナーがカウフマンフェローのプログラムを通じた米国VCコミュニティの繋がりがあったからこそ、スポーティファイを米国のマーケットにもアクセスできた事例が物語っているように、海外のVCとのコネクションをどれだけ日本のVCが持てるか、グローバルな投資サイズのビジネス拡大に関するノウハウをどれだけ蓄積し、日本のスタートアップに提供できるのかが重要になる。

いくら良いテクノロジーやビジネスを持っているスタートアップが日本にいたとしても、それを海外に進める道を用意できる伴走者のVCがいなければグローバルなスタートアップは日本からは生まれない。

政府等が日本からグローバルなスタートアップを生み出したいと思うなら、こうしたグローバルのVCコミュニティに入り込める日系VCの育成と、初めからグローバルなマーケットを目指す起業家の育成のセットが必要であろう。短絡的なアイデアではあるが、カウフマンフェローに日本のベンチャーキャピタリストを送り込むといったことも意味があるかもしれない。

日本のVC業界がどのような状況なのか自分自身もわからないが、投資戦略についても日本ではイノベーションが起きているのか。国内VCの投資手法がアップデートされているのかは不明だ。
SBのビジョンファンドは投資手法について一石を投じたが、これも孫さんの実績に基づいて資金を集められたからできたことだ。
海外では新しい投資手法がキャピタリストの工夫によって生み出されている。他のVCを出し抜き、原石を見つけるには、オーソドックスなやり方ではだめで、VC自体もクリエイティブに投資対象を発見する手法を発見することが重要であるように思われる。

VCのGP(投資責任者)であるキャピタリストも、LP(VCに対するマネー供給主体)である日本の機関投資家等の顔色を伺いながら投資しているとすれば、GPだけではなくLPの意識醸成も必要になるのかもしれない。実際に米国では成功したVCへの投資によって数10倍のリターンを手にした経験が、機関投資家の更なるVC投資に繋がったということも書かれている。

日本のスタートアップエコシステムに対して、筆者もこうしたことを本書で示したかったのではないだろうか。


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