図星をつかれることの屈辱さ
も、成長するには必要な要素だよなーと、最近いろんな人と会うたび図星をつかれて感じている今です。
自分は表面上ではやりたいことをやって楽しく生きている風を装っているものの、実際はやりたいこととかほしいものをとにかくひた隠しにする癖が染み付いてしまっています。
その理由は自意識が過剰にあるからこその恥ずかしさで、これはなんなら幼稚園生のときからの癖になってしまっているんですよね...
だから、他人の提案に乗っかることはできても、自分発信で何かをはじめるということが本当にできなくて、
いつも「他人に勧められたからやっている」というスタンスを取って恥ずかしさを和らげています、、
いやあ、そのスタンスこそ改めて言語化すると恥ずかしいことなんですが、その癖がなかなか抜けない。
そんなモヤモヤを常に抱えてきたここ数年だったので、友人から「あなたが本当にやりたいことが見えない」「あなたが心の底から喜んでいるところを見たことがない」という指摘というか疑問を投げかけられて、ぐさっっときちゃいました、、、
完全に図星です。
もうなんか、見抜かれててめちゃ恥ずなやつです。
しかも別日に別の人からも同じことを言われるという...
その話をした帰り道なんかは、図星すぎて、恥ずかしすぎてたまらなくなって「あーーーもうっっっ」「むかつくーーー」っていう叫びの声を何度もあげてしまってました、、、(夜道にうるさくしてすんません...)
そのときに、図星をつかれることって本当に精神的にきついことなんだなってことを実感するとともに、
なんだかはじめてずっと抱えてたこの「自分の本心に従って行動できない」という課題に真剣に向き合ってみようと思えたんですよね。
まあ自分がそういう他人の影響を受けやすいってのもあるんですけど、その次の日から例えば仕事でも打ち合わせの前に必ず入念な準備をして自分の意見を持っておくようにしたり(まあ、これは仕事をする上では当たり前か...)、
自分の本当に思っていることを発信するトレーニングとしてnoteをはじめたり(今やってるこれもその一貫という)、明らかに何かに取り組む姿勢が変化したんですよね。
そう考えると、他人から図星をつかれることって、自分の成長には必要なスパイスで、今思えばありがたいなって思えたりします。
まあむかつきもするし、しばらく一旦は会いたくない人もいるが・・
ということでざっくりまとめると、図星をつかれることで屈辱を味わう経験って、成長にはめっちゃプラスに働くこともあるから、そういう経験をすることもたまには良いよねって話っすね!
このnote発信も自分のいらん癖を治すための練習なんで、単発で終わることなく、継続していけるようにゆるーくやっていきますっっ!!
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