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静かに、熱く、汽水域にもぐる。@SHARP_JP さんと語った梅田 蔦屋書店の夜|#スローシャッター マガジン Vol.25

こんにちは。
ひろのぶと株式会社 編集の廣瀬です。

みなさま、たいへん、たいへんお待たせいたしました!

梅田 蔦屋書店さまにて、2月18日(土)に通称シャープさんことシャープ公式Twitterアカウントの中の人・山本隆博さんをゲストにお迎えして開催した『旅、仕事、言葉 〜人と人をつなぐもの〜』

今日は、静かで、そして熱かったイベントの一夜の様子をお伝えします。

「仕事で会う人たちだから、一度きりじゃないのがいい」

「今日来てくださった方には特典のパスポートを! 絶対海外旅行に間違って持って行かないように!」とスタート5分の宣伝タイムで語る、司会・田中泰延。

「まず、『スローシャッター』をお読みいただいて、ここが良かったなというところはありますか?」

最初の田中の質問に「のっけからあれなんですけど……」と前置きをして語り始めた山本さん。

「僕、もともと旅行があまり好きではなくて。行くのが面倒くさくて、自分からは滅多に行かないんです。だから、旅行記とか紀行って、これまであんまりピンとこなかったんです」

でも、『スローシャッター』は、それまで読んできた紀行ものとは「違うなぁ」と感じたそうです。

「田所さんは、仕事で行っていますよね。行かされている。そこが、普通の旅行とは違いますよね。それから仕事で行くから、一回こっきりではなくて、何度か現地の方と会っている。そこが読んでいて格段におもしろかった」

(イベント前、読み終わった感想をツイートくださっていたシャープさん)

そして山本さんは、『スローシャッター』をこう評されました。

「旅行記というより、出張報告書。それをリリカルに文学へと昇華しているところが、僕でもこういう旅行なら行ってみたいというか。共感したポイントでした」

(イベント終了後に改めてツイートくださったシャープさん)

この山本さんの話に「実は最初、『会社に出せない出張報告書』ってタイトル案もあったんですよ。秒で却下されましたけど(笑)」と田所さん。そのタイトル案に笑いもありながら、「でも確かに、出張の話やけど、会社には報告しない話を書いてるよね」という話題になりました。

仕事か、個人か。分けきれない〝汽水域〟から発する言葉

さてここで「仕事で行っているけれど会社には出せないエピソードをいろいろ書いちゃったわけですよね。それで、会社の中で、サラリーマンとしての立場は……?」と急に切り込んだ質問を田中から。

実は田所さんも最初は少し懸念していたそう。出版が決まって、真っ先にお勤めの会社の代表には伝えていたそうですが、当初はいいとも悪いとも言わず静観されていたといいます。

それが変わったのが、いくつか原稿が出来上がってきたのを見せた時。「結構、おもしろいじゃん」と前向きな反応をもらえたそうです。

「たぶん最初は、検品についてとか業務の細かい話を書かれるんじゃないかと思っていたのが、原稿を見たらそうじゃないから、安心したんだと思います」

一方、山本さんも「仕事」で「シャープ公式さん」としてTwitterの発信をされているかた。シャープ公式でありながら無機質な「企業アカウント」ではなく、しかし「山本隆博さん」という個人でもなく、その間を行ったり来たりする「シャープさん」であるそのツイート。

そんな間《あわい》を「仕事の〝汽水域〟」と表現して、話を深めていきました。

「汽水域」とは淡水と海水が混じるところ。『スローシャッター』の「チャポ湖の住人」にも登場する言葉。汽水域は栄養豊富になるそうです。

「『シャープさん』のツイートは、仕事の一環としているのだけど、それだけではない『シャープさん』の感情が見える。そこに、読み手は親しみを抱くのだと思う」と話す田所さん。

なぜ、企業公式のアカウントで〝人らしさ〟が滲み出るようになったのか、山本さんはこう語りました。

「企業公式のアカウントだと、きついことをツイッター上で言われることもあるんです。でも、それを投げている先には生身の人間がいるんだよと。ちゃんと伝えたほうが、自分を守ることにもなると思うんです」

「用事とは別のところに魅力がある」。その工程自体が「旅」

山本さんも、田所さんが『スローシャッター』を記しているのと同じように、例えば出張に行くとき、僕はどこに寄って、何を食べて、といった出張の工程をツイートするそう。

「人間が見て楽しんでいるのって、間のプロセスなんじゃないかと思っていて。『行って、なんかした』って、それだけ書けば終わりですけど、そうじゃなくて『こんな人もいて、こんなことがあって……』って、用事とは別のところに魅力があるんじゃないですかね」

実は、ひろのぶと株式会社のSNS発信も、「シャープさん」のツイートを参考にしているところがたくさんあります。

「加納穂乃香という社員がいて、廣瀬翼という編集(補佐)がいて、上田豪さんが装幀をして、藤原印刷さんで印刷立ち会いをして、みんなで倉庫に行ってサイン本をつくって……そういう本づくりの過程を、SNSやnoteを通してみなさんと共有しようとしているんです

その過程自体を田所さんが「旅」と表現され、そして2023年1月に三省堂書店 札幌店さまで開催したイベント「本になっても、旅はつづく。」へ。

「今日のイベントも、その旅の一環、つづいている旅ですよ」という田中の言葉に、田所さんは大きく頷きました。

小さな幸せ、ゆるさ、独特のフラットさ。その温度感が『スローシャッター』へ伝播した

会場いっぱいのお客様。たくさんお越しくださり、ありがとうございます!

イベント中には、田所さんから山本さんへの質問もありました。その中から、一つをご紹介します。

「他の人よりも『シャープさん』のツイート、特にコメントをくれた人へのリプライのやり取りは、人の小さな幸せをキャッチアップする力がすごいと思うんです。それは、何か意識していたりされていますか?」

※実際は田所さんが事前に用意くださった質問文を、泰延さんが読み上げていました

質問を受けて「あぁ……確かに……」と納得しながら少し考えられた山本さん。

「リプライ(返事)は基本的にするようにしています。みんな、特に会社の人は、ツイッターへのコメントって全員怒っていると思っているんです。でも実際は、『買いました!』って報告と、『何を買えばいいかわかりません』って困っているだけなのが大半。だから『買いました』には『ありがとうございます』って返してって、普通のことをしているだけなんですよ。それが外から見たら『ゆるい』って言われるのかな」

メモをとってらっしゃる方もたくさんいらっしゃいました。

「幸せをキャッチアップする」と田所さんに言われた山本さんですが、実際にツイートをするときは、むしろ「誰もが一人ひとり、その人なりのしんどさ、一人ひとりの〝地獄〟を抱えている」ということを意識しているといいます。

それを聞いた田所さん。『スローシャッター』の元になったnoteを書き始める前の下書きが一部残っていたのを久しぶりに読み返したら、〝地獄〟の面を書き過ぎていたと感じたことを話しはじめました。

「なんでこんなところ行かされるねん、みたいなことをすごく書いていて。でもそれを読んでも、おもしろくないなって思ったんです。そういうところを、『シャープさん』の独特の平熱感喜怒哀楽があまりないのだけど伝えたいところはちゃんとある、そのフラットさや空気感を『スローシャッター』でも出したいなと参考にしたところがあります」

感情の大きな上下は、読者が感じて読者の中で起こしてもらえばいいことで、著者が出すものではない。作家・田所敦嗣として『スローシャッター』の文章をどのようにつくりあげたのか、その一端が見えるシーンでした。

ほかにも、さまざまなお話をゆっくり深めていったイベントの2時間。会場からはたくさんの質問をいただきました。

イベント終了後にはサイン会も実施。多くの方が、田所さんのサインを求めて並んでくださり、田所さんはサインを書きながらお一人おひとりと「今日はどこからいらっしゃったんですか?」「本当にありがとうございます!」などお話されて握手をされていました。

特典のパスポートに登場するカイさんもご来場くださっていました。

これまで『スローシャッター』でイベントを行なってきた中で一番静かで、けれど豊かに時間が過ぎていった一夜。そう感じる、イベントでした。

梅田 蔦屋書店さま。当日会場に足を伸ばして豊かな時間を共にしてくださった皆さま。ありがとうございました!

最後は3人並んで写真撮影タイム! なぜか盆踊りをしているしゃちょう(田中)

静かに〝熱〟を燃やす、似た色彩を持つ二人

実はイベント前、田所さんからある相談が届いていました。

「タイトルの幅が広くてなんでも話せてしまうから、考えれば考えるほど何を話せばいいのかわからなくなってきちゃってさ」

さすが〝真面目の人〟田所敦嗣。なんて真っ直ぐなお悩みだろう。

けれど、始まってみれば笑顔に溢れて深く豊かな話が繰り広げられ、そんな相談があったなんて忘れてしまうほどだったイベント。二人に流れるリズムは心地よく、根底に同じ〝熱〟を感じる。会場で写真を撮りながら、私は『スローシャッター』のこの一説を思い出していました。

自分と似た色彩を持つ人に、出会ったことはあるだろうか。

『スローシャッター』P.083
「烟の街」より

イベント終了後、チリの「コテレー」を連想する(『スローシャッター』内「注文をきかない料理店」より)豪快なお肉を前に、互いの仕事のこと、文章のこと……まだまだ語り合っていたお二人。それでもまだまだ話し足りず、別れ際に山本さんと田所さんは「またお会いしましょうね!!」と力づよく、名残惜しそうにおっしゃっていました。

通ずるものがある人は、こうしていつか出会うべくして出会うのだと。そして、静かに深い芯がある人同士が出会えば、こんなにもすぐに共鳴し合うのだと。その様子を「おとなって、いいなぁ」と思いながら見ていた私。

私も、こんな「おとな」になりたい。

きっとそこに辿り着くには、一つひとつの仕事に丁寧に向き合って、目の前の人や仕事と言葉の先にいる人に思いを馳せて、淡々と取り組んでいく……近道はなくて、きっとそうやって自分を深めていったからこそ〝自分と似た色彩〟を持つお二人は出会ったのかもしれません。

だから私もこれから腐ることなく淡々と、目の前の仕事といただく機会に取り組んでいこう——そう、お二人の背中を見て感じました。


ご登壇くださった山本さん。
ご来場くださった皆さま。
今日までレポートを待ってくださり、最後まで読んでくださった皆さま。
本当にありがとうございました!



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