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世界史の授業が理解できない理由が、ついに言語化された

佐藤です。本を読んでます。山崎圭一『公立高校教師YouTuberが書いた/一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』。

学校の先生は、世界史を「教えにくい」と考えているようです。
まさか!!
そうだったんですね。
その一言が聞きたかったですね。

世界史の先生にそう言ってもらって、安心しました。

ぼくが高校で習ったときは、「そういうもんだ」ということで、乱数表のごとき、固有名詞と年号を暗記をさせられました。せめてもの工夫として、語呂合わせをたくさん習いましたけど、世界史は苦手でした。

世界史=暗記科目という位置づけでしたよね。
世界史の点数が取れないのは、暗記科目のできないやつ、すなわち、頭の悪いやつ。というレッテルがありました。

なぜ「われわれ」生徒は、世界史の教科書が理解できなかったか。

頻繁に「主役(取り扱う地域)」が交代したり、年代が前後するから。

これですよ!!!
世界史が苦手だと、この問題点を言語化するところにすら、到達しませんからね。なんか複雑で、無秩序で、意味ワカンネ……となって終わり。

上記の本では、地域または王朝・国家などの「主役」をできるだけ固定し、ほかの地域は「脇役」として登場させる。視点を固定する。
そして、できるだけ年代が一直線に進むように記述する。

これは、ありがてえっす。これから勉強します。

歴史の勉強における年号

著者は、年号がないほうが、ストーリーの理解には役立つとも。
昔話のように、Aが起きたらBが発生し、BによってCが発生し、Aの影響とあいまって、Dが導かれ……と。
年号がないほうが、関係性・つながり・因果関係が際立つとも。

このへん、ぼくは意見を保留です。年号の数字の並びを、「画像データ」として、記憶の補助に使うことがあるからです。

ひとつ言えるのは、年号って、「最強の接続詞」なんですよ。文のはじめに年号を置いてしまえば、逆接なのか、順接なのか、並列なのか……、そういった関係性・つながり・因果関係を示さなくても、「○○年!」と書いてしまえば、書き手は説明義務を免除されます。

関係性・つながり・因果関係の説明をサボるために、年号を表記するのは禁止でお願いします。ただし、文中に年号があることが、学習のサマタゲになる……とまでは、ぼくは思ってません。
こんな意見を持つのは、ぼくが「歴史が好き」だからかも知れません。

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